宝箱を開けた一曲
昔は、ラジオや有線、街中で流れた曲に一目惚れしても、曲名もアーティスト名も分からなかった。
洋楽は、歌詞が聞き取れないから、特に大変だった。
私には、ずっと気になっていた曲があった。今まで聴いたことがない雰囲気に、強く惹かれた。
その曲は、Zipper系ファッションのお店で、よく流れていた。
道行く人が、曲に合わせて首を振っていることもあったから、有名な曲なのは間違いなかった。
でも、歌詞はワンフレーズも聞き取れない。
バイト先の洋楽好きの男の子たちに相談した。
「かすれた男性ボーカルで、だるい感じで始まって、サビは激しいやつ」
そんな曖昧な説明で、何枚もCDを借りた。
でも、なかなかその曲は見つからなかった。
それは、私の周りでは流れない曲で、あくまでも、服屋さんで出会う曲だった。
そんな私に、千載一遇のチャンスが訪れた。
フリーマーケットへ行った時、出店していた人がラジカセでその曲を流していたのだ。
思わず、
「曲名を教えてください」
と声をかけた。
おしゃれな男の子が、カセットテープの曲名リストを見せてくれた。その人もやはり、私の周りにはいないような雰囲気の人だった。
やっと見つけた。
そう思った。
でも、家に帰る頃には、アーティスト名も曲名も、きれいに忘れていた。
また、曲探しの日々が始まった。
そして、ついに、その日が来た。
ボウリング場で、聴き覚えのある声が流れた。
かすれた歌声。
けだるいギター。
曲は違う。
でも、この声とギターだ。
絶対に同じアーティストだと思った。
昔のボウリング場には、ジュークボックスがあった。私は急いでモニターの曲名を確認した。
そのままジュークボックスまで行き、アーティスト名と曲名を紙にメモした。
今度は忘れなかった。
そのアーティストのアルバムをネットで検索した。
1曲目でいきなり、ずっと探していた曲が流れた。
NIRVANAの『Smells Like Teen Spirit』。
探し当てた瞬間は、今でも覚えている。
洋楽好きの男の子たちに報告すると、
「NIRVANAは聴かんな」
と言われた。
私にとってNIRVANAは、Zipper系の服屋さんだけに存在する音楽だった。
ネットでの検索方法も限られていて、探すことは、とても地道だった。
でも、その遠回りが、とても楽しかった。
私は、自力で、Smashing Pumpkinsまでたどり着いていた。
スマパンを聴いた時、「たぶん、同じジャンルだ」と思った。自分は、すぐ近くまで来ている。スマパンと同じジャンルを探せば、あの曲が見つかるはず。
ニルヴァーナとスマパン。
それらが「グランジ」や「オルタナティブ・ロック」というジャンルだということも知った。
曲名は、ボウリング場で偶然見つかった。
でも、自力で、同じジャンルの近いアーティストまでたどり着いていた。そのことも、とても嬉しかった。
最初のきっかけは、一曲だった。でも、それは旅の始まりだった。そこから私は、洋楽の世界を知った。
タワレコに通い、MTVを見て、たまにクラブにも出かけた。
90年代のオルタナは、宝の山だった。どれを聴いても、鳥肌が立った。
探していたのは、ニルヴァーナだった。でも、旅の途中で、新しい宝石が次々に見つかった。
バイト先の男の子に借りたOASISやレッド・ホット・チリ・ペッパーズは最高だった。
あまり話さなかった子たちとも、洋楽の話で友達になれた。外国人の友達も出来た。
女の子たちとは、カーディガンズや、クラウドベリージャムを聴いた。
オフスプリングやグリーン・デイをかけながら、ドライブに出かけた。
それぞれが持っているCDを貸し借りし合って、たくさんの音楽を知った。
今なら、検索すれば、すぐに答えは見つかる。
でも、昔は違った。
宝探しをしていたのは、私だけではなかった。
誰もが、タワレコやレンタルCD屋に通って、自分だけの宝物を探していた。
そして、見つけてきた宝物を、お互いに共有し合った。
「あれ、良かったよ。」
「今度これも聴いてみて。」
そんなふうに、一人ひとりが見つけた音楽が、少しずつ周りへ広がっていった。
みんなで、一つの大きな宝箱を、少しずつ満たしていたような気がする。
