『第3幕 正ヒロイン編34』 七夕 18時
(遠野岬の視点)
蓮華「うん、何でもない。ごめん」
一瞬の沈黙の理由を告げることなく、蓮華は私(遠野岬)に微笑んでくれた。
「何でもない」、なんてことはないだろう。それくらいのことは私にも分かる。
私は後ろを振り返ると、蓮華の後を大人しくついて歩く結衣ちゃんを見た。
すると彼女は、神妙な顔で私を見つめ返してくれる。言葉を発することは無いけれど、何かあるって顔だ。
私は頷くことで合図すると、自分だけの特別な力を使うことにした。蓮華には悪いと思ったけれど、心の中を覗かせてもらおう。
スゥ。
蓮華のお腹の辺りを見つめて意識をぎゅっと集中させる。
フワ……。
すると私の視界に淡い桃色が飛び込んできた。

「……」
私は言葉に詰まった。
蓮華の心の色を覗くたび、驚きや畏怖を覚えてきたけれど、今は切ない気持ちで一杯になる。
桃色は愛情を意味する。自分以外の誰かのことを想い、その力になりたいと願う色なのだ。恋愛感情を基本にした青色とは違う。
この色には自己犠牲の気持ちが含まれている。
蓮華は自らを犠牲にしてでも、誰かを助けようとしている。心の色からそう読み取れた。
「やめなよ、蓮華」
私はごく自然にそう告げた。
目的語を述べていない私の言葉では、意図が伝わらないだろう。しかし、聡明な蓮華は私の意図を瞬時に理解した。
蓮華「鋭いのね……さすが、といったとこかな」
微かに顔が翳る。
……何だろう、嫌な予感がする。
私は蓮華に見えていない側の手の平をぎゅっと握りしめた。蓮華の事を抱きしめたいと思ったのだ。
蓮華「私ね、あなたが今日来るって聞いて、少し嫌だなって思ったの。あなたを嫌いとかいうことじゃなくて、あなたが傍にいると、やりずらいなって」
何かを諦めたような表情で私に微笑みかける。蓮華は私が相手の気持ちを色にして読み取ることまでは知らないはずだ。でも、感性の鋭い女だって気づかれた。
まずいな、これで本当の気持ちを隠されてしまう。私は心の中で舌打ちした。きっと蓮華は私を警戒するだろうから。
仕方ない。
私は蓮華を少し挑発することにした。
このままやり過ごしたりしない。
「やりずらい? 何を?」
やりずらい、とは少なくとも否定の言葉だ。私が隣にいることで蓮華の何を阻害しているのか? そこに喰いついてやる。
だって、蓮華がやりずらいことなんて、健全な内容だと思えないから。
私は蓮華に対する意識レベルをグンと引き上げた。でも、この後述べられた蓮華の言葉は、私の警戒レベルを遥かに越えた。
蓮華「自殺よ」
短い言葉。
それだけ。
「……」
フゥ。
蓮華の周りを七夕の少し湿ったそよ風が通り抜けた。
ちりん
綺麗な音が一つ、鳴る。
私はしばらく思考が止まっていたように思う。夕暮れの光を浴びて、黒く瑞々しい髪がそよぐと、蓮華の美しい輪郭が露わになる。
頬は夕日を受けてやや朱を帯びている。でもしれは、単に赤い夕陽を反射しているだけ。もし真昼の太陽の元に立っていたならば、蓮華の顔はきっと蒼白。
「自殺? ……何それ? ……冗談でも笑えないんですけど」
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