ある二丁拳銃の生涯
伝説のガンマンビリー・ジョー
西部開拓時代の初期の頃にビリー・ジョーという伝説の大悪党がいた。この男は自慢の二丁拳銃を手にあらゆる悪行を働き西部を恐怖のどん底に陥れた。だがその最期は大悪党らしからぬ、いやむしろ悪党らしいというべきかなんとも情けない結末であった。ビリーにはキャロルという愛人がいたが、この愛人がビリーの度重なる浮気に腹を立てたキャロルは、酔って寝ていたビリーの腰から銃を引き抜いてそのまま彼の頭を打ったのである。ビリーは即死し、キャロルはその場で自分の頭を撃った。
この二人の事件は西部中を騒がせたが、人々がもっとも注目したのは二人を結果的に殺した二丁拳銃が消えていたという事だった。当時の新聞記事によるとビリーの腰にも、そしてビリーと自分を撃ったキャロルの手にも、二丁拳銃はなかったという。
時が経つにつれビリー・ジョーは痴情沙汰で死んだにもかかわらず伝説のガンマンと語られるようになり、そのビリーを結果的に死に至らしめたリボルバー式の二丁拳銃は呪われし銃として忌まれるようになったが、しかしその呪われし二丁拳銃はいつしかガンマンたちの中で最強の称号と呼ばれるようになった。『ビリー・ジョーの二丁拳銃を手に入れし物。最強のガンマンとならん』
「で、その最強の称号を得ようとするガンマンや一部の物好きなコレクターがその二丁拳銃を血眼になって探しているんだが、何故か今だに二丁共ものにしたやつはいないのさ。でも二つとも今もちゃんと生きていて市場に出回っているんだよ。こちとら噂はいろいろ耳にしててね、どこぞにあるとか、あの旦那が持ってるとかいろいろいろ聞くからどっかにあるこたぁわかるんだが」
「かっ、くだらねえ。そんな女に殺された名も知らねえアホの拳銃なんかに興味はないぜ。爺さんさっさとニューモデルの銃見せろよ」
とあるガンショップで店の主人の老人が顔に傷のあるごついガンマンを相手にこう話していた。しかしガンマンは話にまるで興味を示さず手を振って爺さんに話を止めさせようとした。しかし爺さんはいわくありげな顔で男の制止を無視して話を続けるのだった。
「へぇ〜、オラぁてっきりお前さんは二丁拳銃にご執心かと思ったぜ。だってお前さんぐらい名が売れてるガンマンだったらビリーの名前ぐらい知ってると思うじゃねえか。なのにお前さんはビリーの名前さえ知らないという。お前さん、それでよくガンマン稼業続けてこられたもんだねえ、人からバカにされなかったかい?」
「おいジジイ!もしかして銃と一緒にてめえの命まで俺に買えってのか?何なら今すぐその口の中に拳銃ぶち込んで頭破裂させてやってもいいんだぜぇ!」
「おい待てよ若いの!こりゃただの冗談だぜ!こんなジジイの繰り言をまじめに受け取るんじゃねえよ!でよう、お前さん。今話した銃のことだよ。お前さんほんとにそいつに興味ねえのか?」
「おいジジイ。俺ぁ周りくでえこたぁ大嫌えなんだ。てめえその銃持ってんだろ!」
「ああ、持ってるよ。お前さんだけに打ち明けるけどな」
「そんなオンボロ銃なんぞの事をどうして秘密めかして語るかねえ。残念だが他をあたってくんな。それよか早くニューモデル見せろよ、この町じゃアンタの店が一番仕入れが早いんだ。もう入ってんだろ?」
「確かに入っているさ、俺は顔が広いからほぼ独占状態よ。そのついでにだなぁ、二丁拳銃の片割れを買ってくれよ。別に高く売りつけるわけじゃねえ。そっちの言い値で十分だ」
「なぜそんなに俺に売りつけたがるんだ」とガンマンは老人を凝視して尋ねた。老人はガンマンに向かってほくそ笑んでこう言った。
「ははっ、そりゃもうお前さんがビリーの銃を持つに相応しい男だと見込んでのことさ。そしてズバリ言うがお前さんならもしかしたらあの二丁をまた会わせてくれるんじゃねえかと思ってな。なぁ、どうだい、とにかく見るだけは見てくれよ」
「気持ちの悪い野郎だな。銃如きを何恋人同士みてえに語ってんだよ。ったくテメエホモ野郎か何かか?今すぐぶち殺してもいいんだぜ。チッ、出しない!ちょいとじゃうまけるんなら見てやるぜ!」
「おう、それでこそ男だ!銃なんざいくらでもまけてやるからビリーの銃見たってくれよ!」
爺さんは店内にいた若い店員に店を任せると異様なまでの上機嫌でビリーを店の奥に案内した。ガンマンは前を歩く爺さんその奇妙な高揚ぶりを見て何故か不安が掠めるのを覚えた。全くバカバカしい話だ。この地獄の谷のスコルピオンって二つ名を頂戴しているこの俺様が。爺さんは奥の倉庫のドアを開けてそこから特製のボロ箱を取り出してスコルピオンに見せた。どうやらそのボロ箱の中にビリーの銃とやらがあるようだ。
「おう待たせたな。コイツがビリーの二丁拳銃の片割れだ。とんと見てやってくれよ」
スコルピオンは爺さんが開けたボロ箱の中身を覗き見た。ビリーの銃とやらは包んである油紙の中で鈍い光を放っていた。いかにも古めかしい銃だ。こんなものビリーという奴の名がなきゃ二束三文の価値もなかろう。ガンマンは顔を上げて爺さんにもういいと言った。
「思った通りただのただの旧式の銃じゃねえか。くだらねえ、他の奴にあたってくんな」
「おいおい、普通見たんなら触るだろ?買うか買わねえかは触ってから判断しろよ」
「チッ、こんなもん触ってもしょうがねえんだがな」と言ってスコルピオンはいかにもめんどくさそうに箱から銃を取り出した。そして手慣れた調子でシリンダーを回したり外して戻したりていたが、突然奇妙な震えを感じて手元の銃をじっと見た。
「おい、どうしたい?銃の重さに手がつったかい?」
スコルピオンは爺さんの揶揄いに対して思いっきり目を剥いて言った。
「おい、爺さん。なんでコイツを売ろうと思った?ちょっとやそっとで売っていいもんじゃねえだろ」
「ハハ、流石地獄の谷のスコルピオンさんだ。すぐにコイツの価値に気づいちまうとはな。別に大した事情はねえよ。ただこの通りおいぼれちまって命が惜しくなっただけさ。俺も昔はそれなりに名の売れたガンマンでな、それなりに悪さしたもんだが、ソイツはそん時たまたま俺が殺した奴から頂戴したもんさ。そん時はそれがビリーの銃だって知らなかったんだが、ラバーに彫られたイニシャルと、人から聞いた話でそれがどうやらビリーの二丁拳銃の片割れだってわかったんだ。まぁ、若いうちは勲章だって有り難がっていたさ。だけど歳食ってくるとよコイツを持ってるだけで恐ろしくなっちまってな、コイツがある限り俺も自分が殺したあのちんころ野郎みてえにぶっ殺されるんじゃねえかと怖くなってよ。かと言って溶かしたりしちゃビリーに呪い殺されるかもしれねえし、だったら腕の立つガンマンにあげちまった方がいいと思ってな。それでお前さんよ」
「ったく爺さんはこれだから困るねぇ、幽霊なんざいないのにさ。しかし爺さん……」
と言いかけてスコルピオンは爺さんを見た。
「アンタ、最近これ使っただろ?火薬の匂いが生々しいぜ」
「そりゃ当たり前だろうが。試し撃ちしねえ銃を売りつけるガンショップががどこにあんだよ」
「で、いくらなんだ。この銃は」
「ヘッヘッヘ、やっぱり欲しくなったかい。さっき言っただろ?言い値でいいって。なんならただでくれてやってもいいんだぜ」
「タダじゃ困る」とスコルピオンは体が震えるのを感じながら言い続けて爺さんに言った。
「やっぱり値段はアンタが決めてくれ。いくらだって払うとは言わねえが手持ちの金で出せる分ならいくらだって払うぜ」
爺さんはスコルピオンから値段を決めろと言われて含み笑いをして黙り込んだ。そしてしばらくしてからこう言った。
「じゃあ、金の代わりにアンタの手持ちの銃をくれねえか。物々交換と行こうや。それだったらいいだろ。アンタだって自分の銃がオシャカになりそうだから新品買いにうちに来たんだろうし」
「なるほど交換か。ひょっとしてアンタそうやって名のあるガンマンから銃もらってないかい?ビリーの他にもいる化石時代のガンマンの銃をそいつの銃と交換して後でそいつを多額で売りつける。そうやって小銭稼いできたんじゃないのかい?」
「さすがなんでもお見通しだぜ。だがビリーの銃に関しちゃ本気で捨てたかったんだ。だけどアンタがいた。ホントに俺はラッキーな男だぜ。なんたってビリーの後を継ぐ男と見込んだ男に奴の二丁拳銃の片割れを渡せるんだからな」
「調子のいい事言いやがってこのジジイ。でもガンマンどもにかち込まれたらどうすんだ。俺や他のガンマンの銃欲しさに狙う奴だっているだろうに」
「いや、心配いらねえよ。だってお前さんも他の奴らもビリーには遠く及ばねえからな」
「テメェ、言ってる事さっきとまるで逆だろうが!」
「おいおい待ちない!そりゃあくまで今はだよ。でもお前さんが二丁拳銃を二つとも手にして名実共にビリーの後継者となった暁にはお前さんの銃の価値は爆上がりするんだ。まぁその頃には多分誰かに店を譲っているだろうし、もしかしたら死んでるかもしれねえけどな」
「じゃあ、手っ取り早く名前上げてお前さんを殺させてやるよ。このスコルピオンの銃を欲しがったガンマンの誰かにさ!」
「そりゃ気をつけなきゃな!だが俺だって昔はガンマンの端くれだった男、そう簡単には死にゃしねえさ」
「ところで」とスコルピオンは銃をいじりながら爺さんに尋ねた。「この銃の弾はあんだろうな?」
「当たり前だ。ただ弾は俺の特製なんでね、ただじゃやれねえよ」
「チッ、このジジイ。こういうのは気前よく弾も全部くれてやるもんだろうが。お前ホントにろくな死に方しねえぞ!」
「でもお前さんその銃使うのかい?そりゃおまえさんの言う化石時代のガンマンの銃だぜ」
「嫌な爺さんだ。本気で殺したくなって来たぜ。使わねえがもしもの時ってのがあんだろ!」
「おっとそんなに凄まれちゃかなわねえ。そいつの弾は買ってもらうが、今回は特別だ。ビリーの銃を貰ってくれたお前さんに俺のとっておきのメモ帳をくれてやるよ。そのメモ帳は俺がビリーの銃を手に入れてから約四十年の研究成果だ。まぁ、一種の学術論文さ。銃のばらし方、パーツの作り方、弾の作り方、なんでもござれさ。まぁ、俺の形見替わりに貰ってやってくれや」
「ほう、冥途の土産みてえなもんか?ありがたく頂戴しておくよ。もし次にこの町に立ち寄った時、運よくアンタが死んでたらお悔やみの言葉ぐらいは言ってやるさ」
「そりゃ、こっちも同じだぜ。俺はこの店でアンタの無事を祈るさ。で、あとはニューモデルだっけ?そいつは店にあるから戻ってからだ」
英雄の銃
スコルピオンはガンショップでビリーの拳銃の他に新品の拳銃を二丁買って町を去り、馬を駆ってさらに西へと向かった。今彼が持っている銃は元から持っている銃一丁と二丁の新品とそしてビリーの銃である。スコルピオンは時折馬から降りてビリーの銃を手にとった。鈍い光を放つこの銃ははた目から見ればただの古い銃だ。昔はそれなりに値の張るものでも今じゃただのボロクズだ。しかしなぜこんな銃に引き付けられるのか。
彼はふと爺さんがくれた銃のメモ書きを思い出して読んでみようとベストのポケットからそれを取り出して開いた。そこには爺さんが自分で描いたと思われる銃の図があり、その脇にはびっしりと書き込みがあった。スコルピオンはメモとビリーの二丁拳銃の片割れを交互に見て爺さんの銃に対する偏執狂的な愛を見て流石にここまではと呆れて笑った。爺さんには二丁揃えてやるぜなんて啖呵は切ったが、あれは売り言葉に買い言葉で言ったこと。こんなボロクズ二丁揃えたところでなんの報酬もないし、それに片割れを探している暇なんて俺にあるわけがない。
スコルピオンはメモをしまい、銃もベストに戻そうとしたが、しかしその時ふとコイツを撃ってみたいという思いがもたげてきた。そういえば爺さんから買ったニューモデルも試し撃ちはしていなかった。ならついでにコイツもと彼は思って近くに生えていた木めがけて銃を一発撃ったのだった。引き金は古い銃だからか重く反動も大きかった。木に近寄って弾痕を確認すると思った通り狙いがずれている。やはり仕事じゃ使えんなとスコルピオンは思った。どうせいくらメンテナンスしても化石時代の銃。まるで使い物にならねえとベストにしまって今度は腰に挿しているニューモデルの銃で木を撃った。やはりニューモデルだからか引き金は今まで使っていた銃よりずっと軽く反動も少なかった。だが何故か違和感が残った。まるで手応えがないと感じたのだ。木で弾痕を確認してもちゃんとど真ん中に入っているし、銃だっておかしな所はまるでない。彼はもしやと思ってもう一度ベストからビリーの銃を取り出して再び木をめがけて撃った。今度は不思議な事にさっき重く感じた引き金や撃った後の反動がむしろ心地よい歯応えとなって彼を満たした。スコルピオンは弾痕を確かめたが今度はちゃんと狙い通りのところにあたっていた。
不意にゾッとする感覚を覚えた。迷信など信じぬスコルピオンだが、この銃から感じられる妖気にはその彼でさえ臆するものがあった。爺さんの店でこの銃を手にした時から感じていたものはこれだったのかと彼は思った。
二丁拳銃を求めて
西から西へ、デス・ヴァレーを超えて遥か西へ。スコルピオンは捕食動物のように金を求め、依頼されるがまま大量の死体と引き換えにそれを手に入れた。しかしそんな人殺しのスコルピオンにもツキが回って来た。街の対立しているギャングどもの片割れのボスを殺ろうとそいつがいつも飲んでいるバーで待ち構えていたら、すでに彼の顔が割れていたらしくギャングどもが一斉に襲いかかってきた。スコルピオンはこの突然の襲撃に取り乱して弾をかなり発無駄にしてしまった。だがすぐに我を取り戻しギャングどもを次から次へと撃ち倒したが、しかし他勢に無勢、銃の弾はなくなり弾を入れ替えていたらギャングに殺されるだけ。そんな絶体絶命の状況で彼はベストに入れていたビリーの銃の事を思い出した。彼はこの銃を試し撃ちした時に感じた寒気を思い浮かべて手を止めかけたが、しかし今そんな事を気にしている暇はない。机の下に隠れているスコルピオンは弾がない銃を相手に向けながらもう片方の手でベストを弄った。相手はスコルピオンの銃に弾がない事には気付いていない。スコルピオンはベストの中の銃を取った瞬間、机の下から飛び出して手前の奴から順に撃った。弾は嘘みたいに相手の頭に命中してバッタバッタと倒れていった。
あっという間に全員仕留めてしまった。弾など詰め替える必要などなかった。スコルピオンはあまりにもありえない出来事にただ呆然としていた。店の周りに集まった連中はバーから出て来たスコルピオンを遠巻きにただ見送っていた。彼は自分を恐々と見る人々を見て自分が英雄になったような錯覚を覚えた。
スコルピオンはそれから仕事の際にたびたびビリーの銃を使うようになった。勿論使わぬようには戒めていた。しかし彼はビリーの銃がもたらす高揚感には勝てなかった。コイツはアルコールよりも遥かに凄え、撃てば百発百中で当たり、その時に全て出し切った快楽を与え、そして自分がアレキサンダー大王やシーザーになったかのような高揚感を与える。何もかもが最高だった。コイツを使えば金持ちどもから金銀財宝奪って一生遊んで暮らす事だって出来るような気がした。
だがそのうちにビリーの銃一つでは物足りなくなってきた。コイツは確かに無敵だ。だがもしコイツを持った別のガンマンが俺を殺しに来たらどうするんだ。向こうの銃もコイツとまるで同じ性能なら俺は死ぬかもしれねえ。俺はまだ人生半ばなんか全然達しちゃいねえ。今死にたくはねえ。ならばそいつも俺が手に入れるしかねえだろ。二丁とも手に入れたら俺は踵に弱点のねえヘラクレス、つまりスーパーマンになれる。
こうしてスコルピオンの二丁拳銃探しの旅は始まった。もはや大悪党スコルピオンとして西部に知らぬものなしとなった彼は街のギャングすら頭を下げるような存在になり、彼が来るだけで揉め事は全て解決するような事だってあった。だがスコルピオンはそれでも強さを求めた。俺はまだ死にたくない。ビリーの二丁拳銃を揃えるまでは安心出来ねえ。
レンスキーのアリア
そうして二丁拳銃を求めて西部中を旅している中でスコルピオンはだんだん二丁拳銃に対して感傷的な思いを抱くようになった。もしかしたら俺がこんなにも二丁拳銃を求めているのはただ強くなりたいって欲求だけじゃなくてもしかしたらコイツをもう一丁の拳銃に会わせてやりたいからではないか。この銃を買った時あの爺さんは俺が二丁拳銃を会わせてくれるとか抜かしやがった。全く気持ちの悪い話だが、今は不思議と爺さんの気持ちもわかる。だがその二丁拳銃の片割れはどこにいるんだ。散々ガンショップを周りぶち殺したギャングどもの死体を探ってもビリーの拳銃はまるで見つからない。ひょっとしたら西部にはないのか。じゃあるとしたらどこにあるんだ。北東南のうちのどこだ。ケッ、めんどくせぇたかが銃一丁探すのに国中回らなきゃいけねえのかよ。
当て所もない二丁拳銃探しの旅の途中でビリーはとある街に入った。この街は寂れ切ったところでギャングどももいないいたって平和な街に見えた。彼はここで宿を取る事にし、早速宿屋に馬を預けてからまっすぐ街のガンショップに向かった。この街のガンショップは小さくて品揃えも悪くとてもビリーの銃なんか売ってそうには思えない。しかし探りを入れればなんらかの情報はもらえるかもしれないと期待してガンショップの太っちょの店員に聞いた。
「おい、親父、俺は骨董品の銃のコレクターでね。目ぼしい銃はあるかい?」
顔に深い傷のある大男にこう尋ねられた太っちょの店員は彼を全く恐れずに興味なさげにこう答えた。
「目ぼしい銃なんてこんな寂れた街にあるわけないでしょ?大体お客さんガンマンでしょ。うちはいたって平和な街でね、あんたみたいな人向けの銃なんて売ってないんですよ。全く並べてある商品見りゃわかるだろうにどうしてガンマンさん方はわざわざ尋ねるかねえ」
「ほう、言うじゃねえか。オラァ気が短いんだけどなぁ!」
「じゃあ私の頭を撃つんですか?そんな事したって弾の無駄ですよ」
「呆れるほど鈍感な奴だ。そんなこたぁわかっているがものには限度ってものがあるんだよ。立場ってのを無視してイキがるとだなぁ!」
「いやいや、そんなに怖い顔されちゃたまらないなぁ!噂ではスコルピオンって殺人鬼のガンマンがこの辺りを徘徊してるっていうし、あんたの言う通り気をつけなくちゃなぁ!って事でうちにはあんたの気に入りそうな銃なんてねえんだが、どうしても銃が欲しいんだったら最近街外れの酒場に何故かガンマンが集まってるんだがそいつらならアンタの欲しい銃の事知ってるかもしれねえぜ。ほら、貴重な情報教えてやったぞ!これでどうだい?許してくれるかい?」
「ああ、許してやるぜ」と答えてからスコルピオンはおもっきり太っちょの店員に顔を近づけて言った。
「俺がその殺人鬼のスコルピオンだけどな!」
「まさかぁ!」と店員は声を上げて引き攣った笑いを浮かべた。スコルピオンはその店員を放置してホテルへと戻った。
スコルピオンは宿の部屋に入ると手持ちの銃に弾を入れてそのまま夜を待った。この街は何もないからか夜になると真っ暗になる。おそらく今この辺りで開いているのは宿の中で営業している酒場しかない。しかも酒場には二人ぐらいしかおらずそいつらは無言でチビチビやっているだけだ。
この酒場の有り様を見てスコルピオンは外れの酒場の対して変わるまいと考えた。どうせガンマンといったって俺みたいな人殺しはいないだろう。スコルピオンはドアの向こうの酒場で辛気臭くチビチビやっている客に向かって舌打ちして宿を出た。
どうせちょっと行ってみるだけ。ガンマンったってビリーの銃を持てる程度の奴などいないだろうが、もし持っていそうな奴がいたら交渉を吹っ掛ければいい。そいつが持っていなかったらそこで終わり、持っていてごねたらその場で殺す。これで万事OKだ。酒場の場所は周りが真っ暗なだけにすぐわかった。林に囲まれてぼんやりと光っているあの建物。きっとあれが酒場なんだろう。
ふと今はもういつも腰に差しているビリーの拳銃を見た。拳銃は皮袋からラバーと撃鉄を覗かせている。月明かりに照らされて鈍く光る銃を見てスコルピオンはふと感傷的な気分になった。もしかしたらあの酒場でお前の相方を手に入れられるかもしれねえ。
酒場に入るといきなり誰かが知らぬ言葉で歌う下手くそな歌が聴こえてきた。酒場の上段のピアノが置いてあるところで男が伴奏もなしに歌っているのだ。その男は痩せ切った体を黒いコートで纏ってキザったらしい態度で歌っていた。歌はなにかわからないが歌のメロディからしてどうやら外国のオペラのアリアか何かのようであった。この下手くそな歌は当然他の客には不評で早く引っ込めと罵られていた。スコルピオンは下手な歌を歌う男をいい見せもんだと嘲笑いながら空いているテーブルに座った。ここは宿屋の居酒屋とは逆にカウンターもテーブルもほとんど客で埋まっていて空いているテーブルは今座っている場所しかなかった。
スコルピオンはテーブルに座ると注意深く周りを見た。全くどいつもコイツも冴えない奴ばかりだ。とてもビリーの銃なんか持っていそうに思えない。ガンマンが集まると聞いたが大半は仕事終わりのカウボーイでそれらしき奴など一人か二人しかいない。あの下手な歌を歌っている黒いコートを着たひょろなが男にいたっては問題外だ。
そのひょろながの黒いコートを着た男は散々歌って満足したらしく上機嫌で上段から降りてスコルピオンのいるテーブルへとやってきた。そしてテーブルに座っているスコルピオンの前に立って反り返った格好でこう尋ねた。
「おや?あなたなぜ私の席に座っているのです?」
「だって空いているじゃねえか。そうかここはアンタの席だったんだな。空いてるから向かいに座ればいいだろ?」
「なんですかあなた、人の席に勝手に座っておいてその口の聞き方は。確かに席がここしか空いていないのはわかる。ならば私に断りを入れるのが筋でしょう!これだからアメリカ人という奴は!全く文明も知らない野獣どもには困ったものです」
「ほぉ、アンタ外国人か!それであんな下手くそなオペラを歌ってやがったんだな!気取った野郎だぜ。アンタ早くこっから出て行ったほうがいいぜ。さもないと俺はともかく他の客がお許しにならねえぞ」
「別に構いませんよ。彼らが私を許さなくても。彼らが私に向かってきても騎士道精神で相手をしてやるだけですから」
スコルピオンはこのひょろなが男の言葉に笑った。二人の話を聞いている他の客もそのまるでポンチ漫画に出てきそうな風体の男から発せられた誇り高い言葉に失笑した。しかしひょろなが男はその皆の笑いに全く動ぜずに逆に微笑んで「いいでしょう。私と相席する事を許可します」と言って彼の向かい側に座ったのである。スコルピオンはこの奇妙な男が急に面白くなってきた。彼はさっきこの男が歌っていた歌の事を尋ねたのであった。すると彼はあれは「レンスキーのアリア」だと打ち明けたのだ。
「なんだそのレンスキーのアリアってのは!見たところお前さんイギリス野郎だろう。なのに何であんな馴染みのねえ言葉の歌を歌うんだ?」
「これだからアメリカ人は困る。君たちはヨーロッパについてまるで知らないのだから。いいかね?この曲は我がイギリスからはるか東の国のロシアの作曲家が書いたオペラのアリアなのだ。ちなみに私は昔は外交官でね、ロシアに駐在していたのだよ」
ひょろなが男はこう言って薄笑いを浮かべた。スコルピオンはこの出鱈目な話とその薄笑いを見て一気にこの男がうさん臭くなった。しかしひょろなが男はそんなスコルピオンの疑いを知ってか知らずかそのまま続けてこう言った。
「このレンスキーのアリアってのは恋人をめぐって友人と決闘することになった男の心情を切々と歌っていてね。とても悲しい歌なのだよ。決闘を明日に控えて彼は友人と自分のどちらかが死ぬのか考えるんだ。自分が友人を殺すのだろうか、いやきっと死ぬのは自分だろう。心は複雑に揺れ動く。そして最後に恋人への想いを熱を込めて歌うのだ。自分の墓で泣く恋人を想像し、死んでもなお変わらぬ愛を捧げながら、そう、今手にしている銃に力を込めてね!」
二丁拳銃の再会
スコルピオンはここまで聞いて震えあがった。まさかこのひょろなが男が……。彼はひょろなが男を凝視してその反応を伺った。だがこの男は顔面に傷を刻み込んだスコルピオンに睨みつけられても微動だにせずただ彼を見つめたままだ。おそらくこの男はかなりの腕前を持つガンマンだ。その男がビリーの銃を持っているとしたらこっちの命さえ危ない。しかしこのまま去ればビリーの銃は手に入らないかもしれない。いっそこのまま奴を放置して寝込みを襲うか。だがそれは向こうも考えていること。スコルピオンはもはや解決方法なしと単刀直入に尋ねる事にした。
「おい、お前さん。銃持ってんだろ?言い値で買ってやるからそれよこしなよ」
この小声で尋ねたスコルピオンの頼みにひょろなが男は言下に「ダメだね」と撥ねつけた。
「じゃあどうすればいいんだ?」
「どうしても欲しいなら決闘して奪うしかないだろうね。君に勇気があればの話だが」
「それでいい。だが俺は明日この町を立つ身だ。今すぐだ」
「ふん、君から申し出てくれるとは意外だな。私てっきり君が私の寝込みを襲ってくるかと思っていたよ。勿論そうなった時の策は練っていたがね」
やはりだった。この男はおそらく腕は俺と同等、名は知らねえがきっとそれなりに名の知れたガンマンなんだろうとスコルピオンは思った。それから二人は連れ立って店を出たが、その時ひょろなが男が介添え人を選ばなくてよいのかと聞いてきた。スコルピオンはそれに対して西部じゃそんなルールはねえと言い返した。するとひょろなが男は冗談だよと言って高らかに笑った。その高笑いを見てスコルピオンはもしかしたらこの男は自分と気が合う人間ではなかろうかと思った。だが今その名も知れぬ男と一丁の銃のために命を奪い合おうとしている。
「互いに名前は紹介せんでいいのかね?」
「する必要はねえだろ。俺はただの無法者、アンタだって外交官だの言っているが同じようなもんだろ?」
「なるほど、せっかく知り合えたのに残念だな。私は君のような無法者ではないからね。で、決闘の場所だが……」
とひょろなが男は立ち止まって夜よりも暗く鬱蒼と茂った森を指差して言った。
「あの森でどうかね?あそこだったらここまで銃声は聞こえぬし、どちらが死んでもすぐに埋められる」
「いいぜ」
決闘を前にして二人の間に奇妙な親密さが生まれていた。スコルピオンは自分の隣を歩くひょろなが男を見て彼を自分と重ねた。きっとこの男もどっかで食いっパグれたりしてやむに已まれずガンマンになったんだろう。そしてこいつも俺と同じように、いやもしかしたらどっかのギャングから奪ったりしてビリーの銃を手に入れたんだろう。こんな事情がなきゃこの代わりもんと仲間になれたかもしれねえ。だがビリーの銃をこいつが持ってる限りそれは出来ねえ、俺はビリーの二丁拳銃をそろえなくちゃ生きていけねえ。それはきっとこのすかし面のこいつだってそうだろう。
闇よりも深い森。月から漏れるわずかな光を頼りに男たちはそれぞれ決めた位置に立っていた。森の茂みの間からうっすらと漏れる月の揺らいだ光でかすかに見える互いの顔を見て二人の男は自分の目頭が熱くなるのを覚えた。これほど互いを殺すことを欲することも、また殺すことを忌むこともなかった。人は欲しいものを奪うために何かを犠牲にしなければならない。誰かが言った道徳めいた言葉が今二人の頭をかすめた。
『どうして俺たちは殺しあわなくちゃいけないんだ』
轟音と胸を射す痛みの中二人は声にならない叫びをあげた。二人が同時に撃ったビリーの銃は双方の胸の中心を一直線に貫いた。スコルピオンとひょろなが男はそのまま絶命し、そして二人が互いを撃ったビリーの二丁拳銃は宿願の再会を果たしたのかその場で爆発して燃えてしまった。
