ザ・身分制
江戸時代中頃のとある村に二人の少年がいた。一人は多吉という名の素朴な顔をした子でもう一人は一郎という名の凛々しい顔の子であった。二人は共に百姓の子で隣同士だったからよく遊んでいた。
だがある日一郎の元に突然侍がやってきて両親に養子の相談を持ちかけてきたのであった。江戸時代は士農工商の身分制が強固としてあり、武士とその他の階級ではハッキリと分け隔てられていた。そんな時代に侍から養子の相談である。侍はとある旗本の御家人で旗本から命を受けて一郎の家に来たという。旗本の家には子供がなくこのままだと家は断絶。勿論親戚をはじめとして他の旗本の家から養子をもらおうとはしたが、しかし誰も来なかった。誰も当てがないので最後の手段として代々伝わる家系図を広げて誰かいないかと探した。それで見つけたのが一郎の家だという。侍の話によると一郎の家は戦国の時代までは旗本の家と同族であったが、江戸時代に入ると一郎の家だけ帰農してそのまま百姓になったのだという。一郎の両親は事あるごとにうちの先祖は元々侍でと吹聴していたが、それは本当であったのだ。
一郎は本人の意思など関係なしに旗本の養子になる事になった。その際に一郎の両親も同族とはいえ百姓から養子を取るのはまずかろうというので地元の代官の御家人の養子にさせられたという。多吉は一郎から旗本の養子となって江戸に行く事を聞かされて幼馴染の親友との
別れが辛くて涙した。多吉はお侍となった一郎にはもう今までのように声すらかける事は出来ないと嘆いた。だが一郎はその多吉に向かって安心しろと肩に手をかけて言った。
「いくら侍になってもお前のことは絶対に忘れない。困った時は江戸に来てくれ。絶対助けてやるから」
それから数年後だった。多吉の村は前年からの不作のせい飢饉となり家族は離散してしまった。御家人となった一郎の両親は多吉を助けるどころか、年貢出せといぢめにいぢめぬいた。多吉はこれはもう一郎に頼むしかないと僅かな伝手を頼って江戸の一郎の元に向かったのである。
江戸に出た多吉は今ではなんとかの守という難しい名前になっているという一郎が住んでいるという旗本屋敷を探しに回ったのだが、江戸などまるで知らぬ多吉に旗本屋敷の場所など見つけられるはずがない。多吉は一日中探し回ったが、結局一郎は見つけられず、道端にへたり込んで途方に暮れていたのだが、そこに二人の共を従えた立派な侍が現れたのである。多吉はその顔に見覚えがあった。いやありすぎた。それは最愛の共である一郎だったのである。多吉はすくっと立ち上がり多吉の方へ駆け出したのである。
「一郎!オラ多吉だよ!約束通りおめえに頼みたいことが……」
「この無礼者が切り捨ててくれるわ!」
多吉が言い終わらぬうちの真っ二つだった。一郎の従者は払った刀を鞘に収めると片膝をついて主人に言った。
「無礼打ちにしたこの無礼者は奉行所に片付けさせますので殿は先へ」
今はなんとかの守になっている一郎はその見事なまでに真っ二つになっている多吉の遺体をじっとみて頭を抱えて腰に挿している扇子で従者の頭を叩いた。
「おい、なんてことしてくれるんじゃ!コイツは俺の知り合いだぞ!何が無礼打ちだ!尋ねもせずに人を切るお前が一番無礼だろうが!」
