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ぬしとろしあのはなし

明日また病院なのに警戒心の抜けないくまちゃんは、今日は寝室のカーテン裏にこもりっきり。

なので今日は主の思い出話を。
少し長くなりますが、もし興味あれば、しばしお付き合いくださいませ。(反露過激派の方はご遠慮いただく方が良いかもしれません🙇‍♀️)


ちょうど10年前の今日、主は出張でロシアのウラジオストクにいました。

今は戦争のせいでロシアに良い感情を抱いている人が多いと思いますが、当時は日露外交もそこそこ活発に行われていました。
そんな中、ロシアが極東発展のため2015年に打ち出した東方経済フォーラムという毎年9月に開催されるイベントの、日本の外交団受け入れ要員としてモスクワからはるばる出張に来ていました。
これから数日間、睡眠を削って受け入れ準備に明け暮れるわけです。外務省用語で、いわゆる「ロジ」というやつです。

開催日近くなると開催地のルースキー島の宿舎(夏休み中学生が追い出された大学の寮)に移るのですが、島はセキュリティが厳しく、不要不急な本島との行き来は出来なくなります。
そうなる前に街を見ておきたく、確か到着翌日の空き時間に散歩をした時の写真がこちらです。

2016年8月28日のウラジオストク中央駅。
今もこんな感じです。

大学時代の留学地でもあったので本当に懐かしかったのを覚えています。

典型的なヨーロッパでも、アジアでもない、いろんなものが独特な混じり方をした港町で、アジアに近いからかアジア人にも割と寛容で、主が大好きな街です。

ちなみに、2021年8月に日本に本帰国する直前の2年弱の間も、ウラジオストクで別の仕事をしていました。主の海外生活は、ウラジオで始まり、ウラジオで終わらせました。なので、主にとってはとても思い入れのある街です。

さて、ルースキー島に島流しにあった後は、島に缶詰で仕事でしたが、売店のゲロ甘いマフィンやチョコレートを食べていました。日本に近いので日本のカップ麺が売っていたのですが、日本からの出張者も多かったので争奪戦でした😂

フォーラム会場の敷地内にいるためのパス(加工済)

10年前の今頃は、体力的にしんど反面刺激的で貴重な経験をしていました。このスリルがたまらなくて、10年以上も外にいることになった…と自分では思っています😅

当時思う存分外でスリルを味わったからか、今は両親の予想に反し、日本で丸5年を迎えようもしています笑

2021年8月。島への橋
2016年8月。帰国前最後のお出かけ
ナベレジナヤ通り。
こういう写真が堂々と出せる世の中になってほしい


ここ数年、両親に誕生日何がほしいか聞かれると決まって「世界平和」と答える主です。

とりとめのない話ですみません。
ぬしとろしあの話でした。

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