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飢えたとき、俺は何を食うのか

海峡が閉じて、もうじき二年になる。

誰が悪いとか、なぜそうなったとか、そういう話は
もうあまりしなくなった。
現実がそうなのだから、そうなのだ。

俺は今日も、埼玉の道を歩いている。

スーパーの棚は、三分の一ほど埋まっている。
残りは空だ。空というより、棚板が見えている。
値段は以前の三倍から五倍。
それでも買う人は買う。
買えない人は、別の方法を探す。

以前、どこかで読んだ数字を思い出す。
日本の食料自給率は38パーセントだ、と。
当時は遠い話だと思った。
今は身体でわかる。
62パーセントが消えた世界に、俺は立っている。

腹が減っている。

だが、歩きながら気づいてきたことがある。


第一品 スベリヒユ

——上杉鷹山は、知っていた——

足元に、なにかある。

アスファルトの隙間から、肉厚な葉をつけた草が這い出している。
放射状に広がる茎。艶のある緑。
踏まれても踏まれても、そこにいる。

スベリヒユ、という。

前の世界では、誰も見ていなかった。
今は違う。
少し先で、おばあさんが腰をかがめてそれを摘んでいる。
慣れた手つきだ。
ビニール袋に、もうたくさん入っている。

俺は少し遅れて気づいた側の人間だ。

山形ではこれを「ひょう」と呼んで、昔からスーパーで売っていた。
おひたし、煮物、正月には欠かせない食材だと。
フランス語では「プルピエ」といい、ヨーロッパのビストロにも出る。
オメガ3脂肪酸が豊富だと、栄養学者が言っている。

さらに遡れば——
江戸時代、米沢藩が財政危機に陥ったとき、
9代藩主・上杉鷹山は民にこれを食べるよう推奨した。
財政の崩壊が、食の知恵を呼んだ。

上杉鷹山は知っていた。

俺たちは二百五十年かけて、また同じ場所に戻ってきた。

茹でるだけでいい。水で洗うだけでいい。
下処理は、それだけだ。
他にやりようがないほど、単純だ。

おばあさんの背中を見ながら、俺は思う。
知識は、腹を救う。
そして知識は、足元にある。


第二品 アメリカザリガニ

——食うために連れてきたのに——

荒川沿いの道に出ると、人がいる。

釣り竿を出している人が、何人かいる。
以前ならのんびりした休日の光景だが、今日は平日の夕方だ。
皆、無言だ。
バケツの中を覗くと、赤い影がうごめいている。

アメリカザリガニだ。

子供のころ、よく釣った。飼っては死なせた。
生き物として接してきた相手だ。
だが今の俺の目は、もう少し別のところを見ている。

……食えるのか?

食える。

エビに似た風味で、カニのような食感。
スウェーデンやフィンランドでは日常的な食材だ。
中国では大ブームになって久しい。

そもそも、なぜこいつが埼玉にいるのか。

もともと食用として持ち込まれたウシガエルの餌として、
アメリカから輸入されたのだという。
つまり——食うために連れてきたのに、気づいたら食わなくなっていた。

そしてこいつは繁殖し、生態系を脅かし、
駆除の対象になった。

「食べれば減りますか」という問いに対して、
かつて専門家はこう答えた。
「減りません」と。

俺は少し、笑ってしまった。

減らなくていい。
今は、そこにいてくれてよかったと思う。

バケツの男が立ち上がり、自転車で去っていく。
荷台に、ずっしりと重そうな袋がぶら下がっている。

食うために来たのだから、食われるのが筋というものだ。


第三品 革のベルト

——文明が、食えない革を作った——

駅の近くで、革製品を扱う古い店の前を通る。

シャッターが降りている。
もう半年以上、閉まったままだ。
革のベルトが、埃をかぶってショーウィンドウに並んでいる。

ふと、自分の腰に目が行く。

ベルトだ。

牛の皮を、なめして、染めて、縫った。
人類が何千年も使ってきた素材。

……食えるのか?

チャップリンは食った。

映画「黄金狂時代」で、飢えた男が革靴を茹でて食べる。
あれはフィクションだが、チャップリン本人が撮影中に実際に口にした
という記録が残っている。
食後にしばらく動けなかったとも。

理屈の上では食える。
革は動物のコラーゲンだ。タンパク質だ。茹でれば柔らかくなる。

ただし——条件がある。

タンニン鞣し。植物由来の成分でなめされた革に限る話だ。

現代の革製品の大半は、クロム鞣しだ。
効率的で、柔らかく、安価に量産できる。
工業的には優れている。
だが食べれば体に何が起きるか、保証はない。

文明は、食えない革を発明したのだ。

俺は腰のベルトのタグを見る。

素材の記述しかない。
鞣し方など、どこにも書いていない。

チャップリンが生きた時代の靴は、まだ食えた。
俺の時代の靴は、食えないかもしれない。

ショーウィンドウの中のベルトたちを、もう一度見る。
値段のタグが、そのままついている。
誰かが急いでシャッターを降ろしたのだろう。

進歩とは、いったい何だったのか。


第四品 生分解性プラスチック

——「生分解」という名の、やさしい嘘——

コンビニに寄る。

コーヒーはまだある。値段は以前の七倍だ。
カップに「生分解性素材使用」と書いてある。

なるほど。

では——食えるのか?

食えない。

生分解性とは、微生物が分解できる、という意味だ。
人間の消化酵素が分解できる、という意味ではない。

代表的な素材であるPLA(ポリ乳酸)は、
コンポストや土中の、温度も湿度も酸素も整った環境でなければ分解しない。
クジラの体内でも分解できなかった、という話さえある。

「自然に還る」という言葉を、
俺たちは都合よく解釈しすぎていた。

分解するのは微生物であって、俺ではない。

カップを手に持ったまま、少し考える。

「環境にやさしい」と書いてあるものが、
いざというとき腹の足しにならない。
「環境に厳しい」ものは食えるかもしれない。

世の中は、そういう皮肉で満ちている。

コーヒーを飲み干して、カップをゴミ箱に捨てた。
ゴミ箱はもう、あまり回収されない。


——それでも、人は歩く——

空が暗くなってきた。

この二年で、街の風景は少し変わった。
空き地に小さな畑が増えた。
川沿いで釣りをする大人が増えた。
道端で草を摘むおばあさんが増えた。

だが、人は歩いている。
文句を言いながら、あるいは黙って、それでも歩いている。

制度が守ってくれなくても。
社会が揺れても。
腹は減る。
そして人は、何かを食う。

上杉鷹山は財政危機の中で雑草を推奨した。
チャップリンは飢えの映画の中で革靴を茹でた。
スウェーデン人は今日も普通にザリガニを食っている。

知識は、案外ずっとそこにあった。

俺たちが豊かすぎて、見ていなかっただけだ。

足元を見る。

アスファルトの隙間に、スベリヒユが光っている。

さて、次は何を食おうか。

(了)


■舞台設定について
ある海峡の閉鎖による原油輸入途絶から約二年前後の日本を舞台とした近未来フィクションです。

■登場する食材・エビデンス等
・日本の食料自給率38パーセント(農林水産省、2021年カロリーベース)
・スベリヒユ「ひょう」:上杉鷹山による推奨の記録あり(山形県内陸の郷土食として現存)
・アメリカザリガニ:食用ウシガエルの餌として輸入。2023年条件付特定外来生物指定(環境省)
・チャップリン「黄金狂時代」(1925年):革靴実食の記録
・クロム鞣し:現代革製品の主流製法。タンニン鞣しとは毒性が異なる
・PLA(ポリ乳酸):生分解には特定環境下での微生物が必要。人体消化不可(ユニチカ「テラマック」技術資料ほか)

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