小説版ネオ・セラフィス 第30話「余熱」
第七ベース。
深夜。
戦闘終了から、
既に半日以上が経っていた。
それでも。
基地の空気はまだ、
どこか焼け焦げていた。
修復中の隔壁。
明滅する警告灯。
遠くから響く溶接音。
そして何より。
誰も、
ユリウスの名前を口にしない。
まるで、
触れてしまえば壊れるものみたいに。
⸻
リサは眠れなかった。
ベッドに横になっても、
目を閉じるたびに思い出す。
紫色の光。
崩壊した医務室。
泣きそうな顔で、
「逃げろ」と言ったユリウス。
そして。
最後まで、
何も言わなかったアルト。
「……」
小さく息を吐く。
時計は、
一時を回っていた。
眠れる気がしない。
リサは静かにベッドを降りた。
⸻
シャワーの音だけが、
浴室に響いていた。
熱い湯を浴びても、
胸の奥の冷たさは消えない。
リサは壁にもたれ、
ゆっくり目を閉じる。
「……怖かった」
誰にも聞こえない声。
ユリウスが壊れていく瞬間。
レオンの表情。
呆然としていた柊弥。
そして。
アルトの、
あまりにも静かな横顔。
「……みんな、
平気じゃないくせに」
ぽつりと呟く。
でも。
誰も弱音を吐かない。
吐けない。
戦わなきゃいけないから。
⸻
シャワーを終えたあとも、
眠気は来なかった。
薄いピンクのパジャマ姿のまま、
リサは休憩室へ向かう。
静かな廊下。
夜間モードに落とされた照明。
冷たい空気。
その途中。
自販機の前に、
一人の影が立っていた。
アルトだった。
「……アルト?」
呼びかけると、
彼は振り返らないまま言う。
「眠れないのか」
低い声。
少し掠れていた。
リサは苦笑する。
「そっちこそ」
アルトは缶コーヒーを開ける。
「俺はいつもこんなもんだ」
嘘だ。
リサには分かった。
アルトも、
ちゃんと傷ついている。
⸻
少しの沈黙。
自販機のモーター音だけが、
静かに響く。
リサは、
アルトの横顔を見る。
綺麗な顔だと思った。
でも今は、
どこか壊れそうだった。
「……ねえ」
「なんだ」
「アルトってさ」
少し迷ってから、
リサは続ける。
「ユリウスのこと、
止められなかったって思ってる?」
沈黙。
アルトは答えない。
けれど。
その沈黙だけで、
十分だった。
リサは視線を落とす。
「優しいんだね」
その瞬間。
アルトの眉が、
僅かに動いた。
「……は?」
「だって、
全部自分のせいみたいな顔してる」
アルトは小さく息を吐く。
「違う」
「違わないよ」
リサは困ったように笑う。
「そういう顔、
してるもん」
そして続ける。
「引きずるのも分かるけど、
早く寝ないとアルトも背が伸びないかもよ?」
軽く冗談を言って、
空気を和らげるつもりだった。
その時だった。
ドン――
突然。
リサの背後の壁に、
アルトの手が叩きつけられる。
近い。
息が止まりそうなくらい。
アルトは俯いたまま、
低い声で言った。
「……そんなに」
「俺は頼りないか?」
リサの目が見開かれる。
怒っているわけじゃない。
むしろ逆だった。
その声は、
痛いくらい必死だった。
失いたくない。
守れなかった。
もう二度と、
あんな顔を見たくない。
そんな感情が、
全部滲み出ていた。
リサは初めて見る。
感情を抑えきれていないアルトを。
完璧だと思っていた。
冷静で、
何でも出来て、
誰より強い人だと思っていた。
でも違う。
この人も。
ちゃんと苦しんでいた。
⸻
アルトは、
ふっと我に返る。
「……悪い」
短く呟き、
手を離す。
視線を逸らしたまま、
彼は背を向ける。
「今の、
忘れてくれ」
「え……」
「何でもない」
静かな声だった。
でも。
どこか壊れそうだった。
アルトはそのまま、
廊下の奥へ歩いていく。
残されたリサは、
しばらく動けなかった。
胸がうるさい。
呼吸が浅い。
でも。
一番離れなかったのは。
アルトの、
あの真剣な顔だった。
⸻
部屋へ戻ったあとも、
眠れなかった。
ベッドに座り、
膝を抱える。
窓の向こうには、
静かな夜景。
リサは小さく呟く。
「……アルトって、
ずっと苦しんでたのかな」
あの人は、
きっと誰にも頼らない。
弱さを見せない。
だからこそ。
あの瞬間だけが、
忘れられなかった。
リサはゆっくり目を閉じる。
胸の奥に残る熱が、
まだ消えなかった。
まるで、
戦いの“余熱”みたいに。

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