小説版ネオ・セラフィス 第32話「祈り」
第七ベース。
深夜。
消灯時間を過ぎた基地は、
昼間とは別世界みたいに静かだった。
通路の照明は落とされ、
青白い誘導灯だけが床を照らしている。
柊弥は眠れなかった。
ベッドに入っても、
目を閉じるたびに浮かぶ。
ユリウス。
レオン。
そして。
あの日から、
どこか無理に笑っているリサの顔。
「……」
小さく息を吐く。
考えても仕方ない。
そう思っても、
頭は勝手に動いてしまう。
柊弥は諦めたように上着を羽織り、
静かな廊下へ出た。
⸻
格納庫エリア。
巨大なシャッターの向こうから、
低い駆動音が響いている。
整備中のセラフィス。
油の匂い。
鉄の冷たさ。
誰もいないはずの深夜。
その奥で。
柊弥は、
小さな人影を見つけた。
「……?」
薄暗い照明の中。
巨大な白い機体の前で、
誰かが膝をついている。
リーベラだった。
白銀の装甲。
静かに眠るような機体。
その足元に。
リサがいた。
「……」
柊弥は思わず足を止める。
リサは気づいていない。
両手を胸の前で組み、
静かに目を閉じていた。
祈っている。
そんなふうに見えた。
昼間とは、
全然違う顔だった。
笑っていない。
無理に明るくもしていない。
ただ。
壊れそうなくらい、
静かな顔。
柊弥は息を呑む。
その時。
小さな声が、
格納庫に溶けた。
「……お願いだから」
「もう、
誰もいなくならないで」
柊弥の目が揺れる。
いつものリサなら、
絶対に誰にも見せない声だった。
「……」
胸の奥が、
少し苦しくなる。
自分は。
リサのことを、
知っているつもりだった。
明るくて。
空気を動かして。
誰より前向きで。
でも違う。
本当は。
ずっと苦しんでいたのかもしれない。
柊弥は静かに視線を伏せる。
そして。
足音を立てないように、
その場を離れた。
声はかけなかった。
かけられなかった。
あれはきっと。
誰にも見せたくない時間だったから。
⸻
翌日。
模擬戦闘訓練。
射撃エリア。
乾いた銃声が響く。
リサはいつも通りだった。
「よーし、
今日は負けないからね!」
笑顔。
軽口。
周囲を明るくする声。
昨日の姿なんて、
最初から存在しなかったみたいに。
でも。
柊弥は、
もう気づいてしまっていた。
「……」
視線が、
自然とリサへ向いてしまう。
その時。
訓練終了のアラーム。
同時に。
柊弥が小さく顔をしかめた。
「っ……」
ほんの一瞬。
でもリサは見逃さなかった。
「柊弥?」
「え?
ああ、大丈夫大丈夫」
何とか誤魔化そうとする。
けれど。
左肩のあたりが、
僅かに痛みと違和感がある。
医務室。
消毒液の匂い。
白い照明。
柊弥はベッドに腰掛けたまま、
俯いていた。
「……はぁ」
深く息を吐く。
自分でも分かっていた。
戦えていない。
迷っている。
引き金を引く瞬間、
どうしてもユリウスの顔が過る。
「失礼しまーす」
聞き慣れた声。
リサだった。
「とりあえず部屋戻る前に、
ちゃんと診てもらいなよ?」
「……別に平気だって」
「平気そうな顔してない」
即答だった。
柊弥は苦笑する。
リサは近くの椅子に腰掛け、
しばらく黙っていた。
そのあと、
ぽつりと言う。
「ねえ、柊弥」
「……なんだよ」
「人ってさ」
少し迷うように、
彼女は視線を落とす。
「どうして生きると思う?」
柊弥は目を瞬かせた。
リサは笑わなかった。
いつもの冗談っぽさも無い。
「リサでもそんなこと考えるのか」
「考えるよ」
真剣な眼差しだった。
つい、胸の中の暗い気持ちを
吐露してしまいそうになる。
迷いながら、言葉を選んでいく。
「もし」
「俺が死んだらさ」
柊弥は小さく呟く。
「大切な人にも、
会えるんじゃないかって思うんだ」
静かな声だった。
病室での記憶を巡らせていた。
桜乃。
自分を庇って、死なせてしまった。
俺も、死んでしまえば桜乃に──
そこまで思考が巡って、ふと我に返る。
リサは、
しばらく何も言わない。
やがて。
ゆっくり立ち上がる。
「……柊弥」
「これ、見て」
彼女はそう言って、
制服の上着を下ろした。
肩。
背中。
そこには、
痛々しい傷痕が走っていた。
古く、
深い傷。
何度も裂けて、
ようやく塞がったみたいな痕。
柊弥の目が見開かれる。
「……っ」
リサは、
少しだけ寂しそうに笑った。
「私も、
死にかけたことあるよ」
静かな声。
「でも」
「仲間が命懸けで、
守ってくれた」
彼女は傷に触れる。
「その時に出来た傷」
柊弥は言葉を失う。
リサは続けた。
「だからね」
「仲間が命懸けで守ってくれた命を、
無駄には出来ないでしょ」
その声は、
優しかった。
でも同時に。
自分自身へ向けた言葉にも聞こえた。
ユリウスのこと。
今まで失ってきた仲間。
きっと、
全部抱えたまま。
それでも彼女は、
前を向こうとしている。
柊弥は初めて理解する。
自分は、
リサのことを何も知らなかった。
明るさの裏側も。
笑顔の理由も。
何も。
柊弥は黙ったまま、
俯く。
リサはゆっくり上着を戻した。
「桜乃って人も」
「柊弥が死ぬことなんて、
望んでないと思うよ」
その言葉に。
柊弥の肩が、
小さく震えた。
⸻
医務室を出たあと。
廊下の窓から、
夜の基地が見えた。
整備灯。
遠くを飛ぶ輸送機。
静かな星空。
柊弥はガラスに額を預ける。
「……死んだところで、
何になる」
「そうだ、こんなことで
桜乃は喜ばない」
ぽつりと呟く。
答える者はいない。
でも。
胸の奥の冷たさが、
少しだけ和らいでいた。
遠くで。
リーベラの起動灯が、
静かに光っていた。

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