小説版ネオ・セラフィス 第35話「答え」
第七ベース。
作戦会議室。
巨大モニターに、
複数のフラクチャー反応が映し出されていた。
紫色の波形。
不規則な侵食データ。
静まり返った室内。
以前より、
空気が重い。
ユリウスの一件以来、
誰もが知ってしまったからだ。
フラクチャーは、
ただの敵ではない。
人を壊す。
心ごと。
⸻
「現在、
第七空域周辺での反応増加を確認しているわ」
アヤメが静かに言う。
長い紫色の髪。
軍服。
鋭い視線。
モニターの光が、
横顔を淡く照らしていた。
「活動パターンも変化している。
今後は、
より大規模な侵食が起きる可能性が高いわね」
誰も口を開かない。
ティキですら、
珍しく真面目な顔をしていた。
アヤメは続ける。
「だからこそ、
一つ確認しておきたいの」
静かな声。
でも、
部屋全体を支配するみたいな響きだった。
「あなたたちは、
何のために戦うの?」
空気が止まる。
柊弥が目を瞬かせた。
予想していなかった質問だった。
⸻
沈黙。
やがて。
最初に口を開いたのは、
ティキだった。
「えー?
急に重いやつ?」
軽く笑う。
でも。
その声は少しだけ硬い。
「俺はまあ……
給料と飯のため?」
数人が小さく苦笑する。
張り詰めていた空気が、
少しだけ緩む。
ティキは肩をすくめた。
「……って言いたいけどさ」
視線を落とす。
「仲間死ぬの、
普通に嫌なんだよな」
その言葉に、
誰も笑わなかった。
⸻
「私は、
任務だからです」
ミレアが静かに言う。
いつもの冷静な声。
でも。
そのあと少しだけ視線を伏せる。
「……でも、
最近は少し違う気もしています」
「みんなが、
ちゃんと帰ってくると安心するので」
小さな声だった。
それでも、
確かな本音だった。
⸻
レオンは腕を組んだまま、
短く言った。
「守るためだ」
それだけ。
余計な言葉はない。
けれど。
その一言の重さを、
全員が知っていた。
ユリウスを失った男の言葉だった。
⸻
「リサは?」
アヤメが視線を向ける。
リサは少し驚いたあと、
困ったように笑った。
「えー……
難しいなぁ」
少し考える。
そして。
ゆっくり口を開いた。
「私は、
みんなに笑っててほしいからかな」
静かな声。
でも、
どこか優しかった。
「もう、
誰にもいなくなってほしくないし」
その瞬間。
柊弥は、
深夜の格納庫を思い出していた。
リーベラの前で、
一人祈っていたリサの姿を。
『もう、
誰もいなくならないで』
あの小さな声を。
「……」
胸の奥が、
少しだけ熱くなる。
⸻
「柊弥」
アヤメに名前を呼ばれる。
柊弥は一瞬だけ迷う。
昔の自分なら、
答えられなかった。
でも今は。
「……生き残るためです」
静かな声。
でも、
迷いは以前より少なかった。
「大切な人が、
命懸けで守ってくれたから」
桜乃の顔が浮かぶ。
ユリウスの言葉も。
そして。
医務室で見た、
リサの傷。
柊弥は拳を握る。
「だから、
ちゃんと生きないといけないんだと思います」
誰も何も言わない。
でも。
その空気は、
少しだけ優しかった。
⸻
最後に。
アヤメの視線が、
アルトへ向く。
「あなたは?」
沈黙。
アルトは少しだけ目を伏せる。
何のために戦うのか。
以前の自分なら、
即答していた。
任務。
敵排除。
それだけだった。
でも今は違う。
視線の先。
そこには、
リサがいた。
彼女は気づいていない。
いつものように、
少しだけ困った顔で座っている。
アルトは小さく息を吐いた。
「……俺は」
静かな声。
「誰かが、
自由に生きられるように戦う」
部屋が静まる。
アルトは続けた。
「泣かなくていいように」
その瞬間。
リサが小さく目を見開いた。
アルトは視線を逸らす。
それ以上、
何も言わなかった。
でも。
その言葉だけで十分だった。
⸻
アヤメは、
そんな隊員たちを静かに見渡す。
そして。
ほんの少しだけ、
柔らかく笑った。
「正しい答えなんて、
きっと無いわ」
「でも」
「戦う理由を見失った瞬間、
人は壊れる」
ユリウスを思い出した者が、
何人もいた。
アヤメは続ける。
「だから、
忘れないで」
「あなたたちが、
何のために前へ進むのかを」
⸻
会議終了後。
みんなが少しずつ部屋を出ていく。
以前より、
空気は軽かった。
ティキが軽口を叩き。
ミレアが呆れ。
レオンが小さくため息を吐く。
リサが笑う。
アルトも、
以前ほど一人ではなかった。
柊弥は、
最後に一人だけ会議室へ残る。
窓の外。
夜明け前の空。
静かな星。
「……」
痛みは消えない。
失ったものも戻らない。
それでも。
自分たちは、
進んでいくしかない。
仲間と一緒に。
柊弥は小さく笑った。
その時。
格納庫の奥で。
セラフィスの起動灯が、
静かに光を灯した。
まるで。
これから始まる未来を、
見つめているみたいに。
――第一部 完――
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