小説版ネオ・セラフィス 第19話「単独行動」
暗い格納庫に、低く唸る警報音だけが響いていた。
モニターに映し出された識別信号。
そこに表示されている名前を見た瞬間、空気が凍る。
――CELESTAS
――ALTO VEIL
「……は?」
ティキが最初に声を漏らした。
リサは端末を握ったまま固まっている。
「ちょ、待って……これって……」
ミレアが静かに告げる。
「アルト・ヴェイル機が、無断で防衛ライン外へ離脱しました」
沈黙。
その言葉が意味するものを、誰もすぐには理解できなかった。
いや。
理解したくなかった。
アヤメがモニターを見つめたまま、小さく息を呑む。
「通信は」
「応答なしです」
「敵勢力圏への侵入を確認」
「……」
格納庫の空気が重く沈む。
誰かが小さく呟いた。
「まさか……」
その言葉を、誰も否定できなかった。
数日前から様子がおかしかった。
単独行動。
閉ざされた態度。
増えていく極秘アクセス。
そして、意味深な沈黙。
今思えば、全部兆候だったのかもしれない。
「……あいつ」
柊弥が拳を握る。
「最初から、そのつもりで……」
レオンだけが黙っていた。
鋭い視線をモニターへ向けたまま、何も言わない。
その沈黙が逆に不安を煽る。
リサが振り返った。
「レオン、何か知ってるの!?」
「……いや」
短い返答。
だが、その表情は晴れない。
通信士が叫ぶ。
「敵領域深部に高エネルギー反応! セレスタスです!」
モニターに映像が切り替わる。
ノイズ混じりの暗い戦域。
黒い構造物。
崩壊した施設群。
その中心を、蒼い機体が高速で駆け抜けていく。
敵群のど真ん中。
援護なし。
単独。
「なっ……」
ティキが絶句する。
セレスタスは迷いなく敵を撃ち抜いていく。
無駄がない。
まるで最初から地形も敵配置も把握しているかのような動き。
だが。
数が違いすぎた。
四方から紫色の閃光が走る。
それでもアルトは止まらない。
敵を避けるのではなく、“最適な軌道”で切り抜けていく。
「何してんだよ、あいつ……!」
柊弥の声に、返答はない。
その時。
ノイズの奥から、通信が割り込んだ。
『……こちら、アルト・ヴェイル』
全員が顔を上げる。
音声は途切れ途切れだった。
『敵中枢座標を確認』
『レムナント反応……予測値を超過』
爆発音。
激しい振動。
だがアルトの声だけは妙に静かだった。
『この区域は危険度が高すぎる』
『侵入は禁止を推奨する』
リサが目を見開く。
「……え」
柊弥も言葉を失った。
それは。
まるで。
“先に危険を確認しに行った”みたいな言い方だった。
『アルト! お前、何を——』
柊弥が叫ぶ。
一瞬だけ、通信の向こうで沈黙。
そして。
『……これが最適だ』
それだけだった。
通信が切れる。
「待っ——!!」
虚しくノイズだけが残る。
格納庫に重苦しい沈黙が落ちた。
リサは唇を噛み締める。
ティキは苛立ったように壁を蹴った。
「っ、あの馬鹿……!」
レオンがゆっくりと目を閉じる。
「……そういう奴だ」
小さく。
どこか苦しげに。
そう呟いた。
数時間後。
損傷したセレスタスが帰還した時。
格納庫にいた誰も、すぐには言葉を発せなかった。
蒼い装甲は焼け焦げ、片側スラスターは半壊している。
アルトはふらつきながらコクピットから降りた。
それでも表情は変わらない。
「敵中枢座標を送信済みです」
淡々とした声。
まるで何事もなかったみたいに。
柊弥が一歩前へ出る。
「お前……!」
怒鳴ろうとして。
でも、その言葉が続かない。
アルトの腕には、無数の火傷と裂傷が残っていた。
一人で。
本当に一人で。
あの敵地へ行っていたのだと分かってしまった。
沈黙。
その空気を破ったのは、リサだった。
「……やっぱり」
アルトが視線を向ける。
リサは少しだけ笑った。
「私は信じてたよ」
「……根拠は」
「なんとなく?」
「……理解不能だ」
そう呟きながら。
アルトはほんの少しだけ、目を逸らした。
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