尊い命
熊本で地震が起きた先月27日、同じ日にイオンモール熊本でガス漏れによるものと思われる爆発事故が起き、店舗の関係者が亡くなったというニュースを知って、ひどい無力感を覚えた。
それは、地震によって大勢の人が亡くなり、被災した人々が大変な苦労を強いられていることに対して、当を得たお悔やみの言葉や励ましの声をかけることも、力強い有効な支援をおこなうこともできない自分自身に対する無力感とは、また別の無力感だった。
その無力感の原因は、いったんイオンモールから避難した雑貨店の若い店員が上司の指示で店舗に戻り、爆発に巻き込まれて亡くなったことだ。モール内は地震によって損壊し、そのためかガス漏れが起きていたらしい。にもかかわらず、店員はレジの売上金を金庫に戻してほしいという、上司の指示で動いていたという。
確かに、災害時に火事場泥棒のような真似をする、薄汚い連中が出没するリスクは否定できないが、それが命に関わるような危険な場所へ店員を向かわせる理由にはならない。ガス漏れ云々以前に、地震で壊れた建物内で何らかの事故が起きる可能性は高く、余震や本震が起きればその可能性はさらに高まるだろう。
「もし戻れるのであれば、売上金を金庫に保管して欲しい。無理なら可能な範囲で良い」と上司は言ったらしいが、むしろ「絶対に店舗には戻るな」と厳重に釘を刺しておくべきだっただろう。
そういった雑貨店側の耳を疑うような指示に腹立たしさを感じると同時に、まだ若い命が勤め先からの無謀な指示に従って行動し、みすみす帰らぬ人となったことに、激しい無力感を覚えたのだ。
未だにこの世の中には滅私奉公という空気が根強く残っていて、21世紀に生を受けた若い世代でさえ、その空気に強く染まっているというのだろうか。
それとも亡くなった若い店員には、地震で壊れかかったショッピングセンターの中へあえて戻り、職務を全うしようという行動を起こさせるだけの、われわれ古い世代には想像もつかないような情熱や、それに類いする何かがあったというのだろうか。
いずれにせよ、喪われた尊い命は戻ってこない。
