ミャンマー元駐在大使が50年で見た軍政の正体

アウンサンスーチー氏が赤十字関係者と面会したというニュースが流れた。だが軍政がその写真を「公開」したのは、制裁解除を狙う外交カードとして使うためだとされている。

> ミャンマーの問題は、民主化vs軍政の対立ではなく、軍が国家そのものである構造問題だ。

この記事のポイント

・スーチー氏拘束は軍の権力維持装置として機能している

・日本の対ミャンマー外交は中国けん制と人道支援の間で宙に浮いている

・在日ミャンマー人18万人超の背景には軍政・経済崩壊・徴兵制がある

何が起きたか

2021年2月1日、ミャンマー国軍がクーデターを起こし、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)政権を転覆した。スーチー氏は拘束され、現在も軟禁下に置かれている。2025年8月3日、親軍政権は赤十字国際委員会(ICRC)のミャンマー代表とスーチー氏が面会したと発表。クーデター以降、中立的な外国機関との面会が公になったのは初めてだった。駐ミャンマー大使を通算27年間務めた外交官・丸山市郎氏は、この50年の軌跡を一冊にまとめ、2026年6月に出版した。

なぜミャンマーは軍政から抜け出せないのか

丸山市郎氏が1978年に外務省へ入省し、ビルマ専門官になったのは「妻の一言」がきっかけだったという。79年に初めてミャンマーを訪れたとき、市場には密輸品のコーラが並んでいた。ネ・ウィン政権下の物資不足は深刻で、国民は統制経済の中に閉じ込められていた。丸山氏が「2021年以降の状況はデジャヴだ」と語るのは、40年前と同じ構造が今また繰り返されているからだ。

軍は1948年の建国以来、行政・司法・警察・国営企業・天然資源・国境貿易にまで影響力を持ち続けてきた。国家と軍が一体化しているという構造自体が問題だ。軍幹部にとって権力を手放すことは、経済権益を失うことを意味する。アウンサンスーチー氏が軍にとって最大の脅威である理由は、彼女が民主化の象徴であるだけでなく、広く民意を集める唯一の存在だったからだ。

実際に影響を受けているのは、ミャンマーで暮らす普通の市民だ。クーデター後、外国企業は撤退し、日本企業の求人はクーデター前の

10分の1以下

に激減した。通貨チャットは暴落し、実質賃金は

3分の1

にまで目減りした。2024年2月には徴兵制が開始され、18〜35歳の男性と18〜27歳の女性が対象になった。海外に逃れる若者が一気に増えた背景には、仕事がないだけでなく、戦場に送られるという恐怖もある。

法的・国際政治的な観点で見ると、日本の立場は複雑だ。政府開発援助(ODA)の新規供与は停止しているものの、締結済みの事業は継続中とされている。日本の税金が軍関連企業に流れる疑念は消えていない。一方で日本政府は、中国をけん制したいという地政学的な動機から、軍政側との接触を非公式に続けてきたとされている。岐阜女子大の福永正明氏は「中国けん制の駒としてミャンマーを扱えば、日本もミャンマーの人々を見捨てることになる」と指摘している。

業界・社会トレンドとして見ると、在日ミャンマー人は

18万人超

にまで増えた。かつてベトナム人が担っていた外国人労働者の役割を、今やミャンマー人が担い始めている。しかもこの層は、本来であれば母国の政府機関や大手企業に就職するはずだったホワイトカラーに近い人材だ。母国の軍政が優秀な人材を海外に押し出し、日本の人手不足がそれを吸収している——という構造が静かに出来上がっている。

この話を「外交コスト」として読み替えると

私がコンサル時代に痛感したのは、「曖昧なポジショニングは必ずコストになる」ということだ。クライアント企業が「取引先Aとも、その競合Bとも関係を維持したい」と言い張るとき、最終的にどちらからも信用されないケースを何度も見た。日本のミャンマー外交はまさにその状態だと私は見ている。軍政とも接触を続け、民主派とも対話すると言いながら、どちらにも本気のコミットを示せていない。

丸山氏が「在日ミャンマー人が日本に来た背景を知ってほしい」と語るのは、単なる人道論ではないと思う。18万人という数字のひとりひとりは、徴兵を逃れ、内戦を逃れ、実質賃金3分の1の経済から脱出してきた人たちだ。私がこの話を読んで最初に考えたのは、「日本企業はこの文脈を理解して採用しているのか」という問いだった。コンサルで外資クライアントを担当したとき、現地スタッフの政治的背景を無視して進めたプロジェクトが空中分解する場面を見ている。背景を知ることは、単なる教養ではなくリスク管理だ。

スーチー氏が赤十字と面会した写真を軍政が「公開」したという事実も、私には見慣れたパターンに映る。これは情報戦だ。「彼女は生きていて、一定の扱いを受けている」と国際社会に見せることで、制裁の根拠を少しずつ崩していく手法だ。ミャンマー軍政がオンラインで発信する写真や声明を額面通りに受け取ると、構造が見えなくなる。元駐在大使・丸山氏が50年かけて見続けてきたのは、このゲームの繰り返しだったのだと思う。

ミャンマーと日本の関係史を深く理解したい人には、歴史と地政学の両軸で東南アジアを読み解く『歴史と地政学で読みとく日本・中国・台湾の知られざる関係史』が参考になる。ミャンマーを巡る大国の思惑は、日中台の地政学的構図と無縁ではない。


軍が国家に寄生した構造は、外交圧力だけでは解体できないと歴史が証明している。

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