熊本地震の災害関連死、防げる死が防げない本当の理由
2026年熊本地震の発生から1か月。今まさに、災害関連死が最も多く発生する「魔の3か月」の真っただ中にいる。
> 直接死より関連死の方が多い。これが熊本地震の本当の怖さだ。
この記事のポイント
・関連死は直接死の4倍超になることがある
・認定審査会の規定すらない自治体が存在する
・「見えない避難者」が制度の網から抜け落ちる
何が起きたか
2026年7月28日に発生した熊本地震を受け、自民党の熊本地震対策本部は8月25日、災害関連死防止や道路・水道の早期復旧などを求める提言をまとめ、翌26日に高市総理大臣へ手渡す方針を固めた。提言は「被災者支援」「復旧・復興支援」「財政・人的支援の継続強化」の3本柱で構成。熊本は2016年の地震と2度の水害を経験した「四重苦」の地であり、政府に対して手厚い財政支援と伴走型支援を明記した。
なぜ「関連死」は止められないのか
自民党が提言をまとめる背景には、過去の数字がある。2016年の熊本地震では直接死が50人だったのに対し、災害関連死の認定者は
228人
と直接死の4倍超に上った。関連死のうち57%が1か月以内、81%が3か月以内に発生している。今まさにその「3か月以内」の時間軸の中にいる。
ところが今回、熊本日日新聞の独自調査で驚くべき実態が明らかになった。熊本県内45市町村のうち
9市町村
が、関連死の認定に必要な審査会の開催規定すら設けていなかった。さらに、規定がある36市町村の中でも、審査会の委員に弁護士など「法律家」の参加を明記していない自治体が
10市町
に上る。規定がなければ遺族への災害弔慰金(最大500万円)の支給が遅れる。審査がされなければ、死は「関連死」として認定されないまま埋もれる。
実際に影響を受けているのが、避難所の外で暮らす「見えない避難者」だ。熊本県は軒先避難や車中泊を続ける被災者の実態把握に乗り出しているが、困窮者の把握が困難という現場の声が上がっている。関連死の死因を見ると「地震のショック・余震への恐怖による肉体的・精神的負担」が
40%
を占め、続いて「避難所生活の負担」が29%。真夏の熊本では熱中症リスクが加わり、今回の提言にはトイレカーや循環型シャワーの配備要請が盛り込まれた。避難所に来ない人には、それらの対策すら届かない。
法的な観点から見ると、そもそも関連死の認定はメカニズムとして「遺族の申請→市町村審査会が因果関係を調査→認定」という流れをたどる。日本弁護士連合会は2011年の東日本大震災後から一貫して、審査会に医師だけでなく「法律実務に精通した専門家を複数置くべき」と声明を出してきた。それでも10年以上たった今、法律家の参加を明記していない自治体が熊本に10か所残っている。制度の「穴」は既知だった。知られていながら塞がれなかった穴だ。
社会全体のトレンドとして見ると、これは熊本だけの話ではない。2024年の能登半島地震でも3県で
522人
が関連死の見込みとされた。関連死の8割が70歳以上という傾向は阪神、東日本、能登、熊本と一貫している。高齢化社会が進む中で、直接死より関連死の方が多い災害が「普通」になりつつあるとされている。それでも審査体制の整備は自治体任せのまま、担当職員不足を理由に先送りされてきた。
この構造、組織リスクに読み替えると
私がコンサルをしていた頃、ある自治体の業務改革プロジェクトに入ったことがある。「担当者がいない」「前例がない」という理由で、数年間放置されてきた制度的な空白が複数あった。外から見れば一目瞭然の問題が、内部では「誰かがやるべきこと」として宙に浮いたまま、誰のToDoにも入っていなかった。
今回の審査会規定の話は、その構造と全く同じだと私は見ている。9市町村が規定を持っていなかったのは、悪意ではなく「合同審査会でいいか」という過去の慣習と、担当職員の不足という現実が組み合わさった結果だ。規定がないと何が起きるかを誰も試したことがなかっただけで、いざ災害が起きると遺族が一番割を食う。組織で言えば「有事のエスカレーションルートを誰も決めていなかった」状態に近い。
もう一つ気になったのが、自民党提言の「プッシュ型からプル型への移行」という記述だ。発災直後はプッシュ型(国が勝手に物資を送る)で動く。1か月後はプル型(現場が何が足りないか言える)に切り替える。この移行タイミングの設計こそが難しい。私はコンサル時代、クライアントが「もう大丈夫です」と言った瞬間に支援を打ち切って失敗するケースを何度も見た。現場が「要求できる体制」になっているかを確認せずに移行すると、ニーズが見えなくなるだけだ。
「見えない避難者」の問題が特に刺さった。制度は存在する。認定されれば弔慰金も出る。しかし申請に来られない人、避難所に登録されていない人は、メカニズムの外側にいる。私が関わったプロジェクトで学んだのは「制度の受益者が制度にアクセスできるかどうかは別問題」という当たり前の事実だ。熊本でもトイレカーやシャワーカーの配備より先に、「誰がどこにいるか」を可視化することの方が本質的に難しく、かつ重要だと私は判断している。
制度の「穴」は既知だった。問題は、それを埋める担当者が誰もいなかったことだ。
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