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福岡県議会では「学歴」がなぜ選挙の武器にならないのか?地方政治の構造?



地方議会を眺めていると、ふと疑問に思うことがある。

国政選挙では、候補者の経歴として「東大卒」「早稲田卒」「元官僚」「弁護士」「医師」といった肩書が大きく紹介される。

ところが地方議会では、必ずしもそうではない。

福岡県議会をめぐっても、SNSでは議員の学歴を取り上げ、「もっと高学歴の人が県議になった方がいいのではないか」という声が出ている。

しかし、ここで「学歴の低い議員が多いから問題だ」と結論づけてしまえば、話は簡単すぎる。

そもそも、なぜ地方選挙では学歴がそれほど強力な武器にならないのか。

5回、「なぜ」を繰り返してみたい。



Why1 なぜ学歴が当選を左右しにくいのか

答えは単純だ。

有権者が学歴だけで投票しているわけではないからである。

県議選で問われるものは多い。
地域での知名度。
これまでの活動。
政党。
後援会。
業界団体との関係。

そして、「この人なら地元のことをやってくれそうだ」という期待である。

偏差値70の大学を卒業していても、選挙区で誰にも知られていなければ票にはならない。

逆に、学歴が目立たなくても、20年間地域を歩いてきた人物なら強い。
地方選挙には地方選挙なりの市場原理がある。



Why2 なぜ地域での知名度が重要なのか

県議会議員は、県全体から選ばれるわけではない。
地域ごとの選挙区から選ばれるからだ。
つまり競争の舞台は全国ではない。
福岡市なら福岡市、北九州市なら北九州市、そして各市町村を基礎とした地域社会である。

そこで問われるのは、
「どこの大学を出たのか」
以上に、

「この地域で何をしてきたのか」
なのである。

これは地方自治の長所でもある。
地域の道路、学校、防災、福祉、産業振興。
東京の大学で何を学んだか以上に、地元の事情を知っている人物が必要な仕事も多い。

問題はその先にある。


Why3 なぜ「政策能力」より「地盤」が強くなりやすいのか

地方議会には、情報の非対称性がある。
例えば候補者Aと候補者Bについて、

予算書を読む能力。
条例を理解する能力。
行政を監視する能力。
データ分析能力。
政策立案能力。
質問力。

こうしたものを有権者が簡単に比較できるだろうか。

難しい。
すると有権者は、もっと分かりやすい情報で判断する。

名前を知っている。
地元でよく見る。
知人から頼まれた。
昔から活動している。
支持している政党の候補者だ。

政策能力という「見えにくい商品」より、知名度という「見える商品」が強くなるのである。


Why4 なぜ新しい人材が入りにくいのか

ここから地方政治特有の問題が見えてくる。
現職には大きな資産がある。
それは金だけではない。

名前、後援会、人脈、支援団体、選挙ノウハウ、そして過去の得票実績である。

一方、例えば30代の会社員が、
「県政を改革したい」
と思ったとしても簡単ではない。

仕事を辞めるリスクがある。
選挙には時間も資金も必要になる。
しかも落選すれば無職になる可能性もある。

優秀な会社員、技術者、研究者、経営者、医師、弁護士、公認会計士などが政治に関心を持ったとしても、立候補のハードルは決して低くない。

結果として、地方政治はどうしても既存プレーヤーが有利な市場になりやすい。


Why5 なぜその構造が変わらないのか

最後の「なぜ」である。

なぜ地方政治は、能力競争になりにくいのか。

一つの答えは、
議員の仕事を評価する「成績表」がほとんど存在しないからだ。
企業なら数字がある。

売上。

利益。

市場シェア。

生産性。

株価。

ところが議員の場合、
質問回数だけ多ければ優秀なのか。
条例案を出せば優秀なのか。
予算を取れば優秀なのか。
簡単には判断できない。

そのため、4年間の議員活動を比較する共通指標が育ちにくい。
そして選挙になると、再び名前、政党、地盤、組織が前面に出る。
ここに地方政治の構造問題がある。



問題の本質は「低学歴」ではない

ここは間違えてはいけない。
学歴と政治家としての能力は同じではない。
難関大学を卒業していても、行政の現場を理解できない人はいる。

逆に高卒でも、地域事情を熟知し、予算書を読み込み、県庁幹部と堂々と政策論争のできる議員はいる。

したがって、
「県議会を高学歴化すれば解決する」
という話ではない。
本当に必要なのは、

地方議員を「学歴」ではなく「仕事」で競争させる仕組みである。



県議会議員に必要な能力とは何か

県議会は単なる「地元の御用聞き」ではない。

県には巨大な予算があり、医療、教育、警察、防災、道路、産業政策、農林水産、福祉など幅広い行政を担っている。

議員には、それをチェックする責任がある。
だから私は、県議を見るなら大学名よりも、

予算を読めるか。
条例を理解できるか。
数字を使って議論できるか。
行政の説明のおかしさを見抜けるか。
県民に説明できるか。
そして、自分の支持者だけではなく県全体を考えられるか。

こちらを見るべきだと思う。



「学歴社会」ではなく「実力社会」へ

皮肉なことに、学歴を問題にしていくと、最後にたどり着く答えは「学歴ではない」のである。

必要なのは議員の高学歴化ではない。

議会の高能力化だ。
候補者の学歴だけではなく、政策、議会活動、質問、賛否、出席状況、政策実績などを、有権者がスマートフォン一つで比較できる。

そんな仕組みが整えば、地方選挙は少し変わるかもしれない。

「誰を知っているか」から、

「誰が仕事をできるか」へ。

地盤から実力へ。

肩書から成果へ。
地方議会に必要なのは、東大卒を増やすことではない。

優秀な人間が挑戦し、仕事のできる人間が評価され、仕事のできない人間が選挙で入れ替わる。

そんな当たり前の競争原理を働かせることではないだろうか。

地方政治の質を決めるのは、議員の卒業証書ではない。

最後に問われるのは、議場に入った後、何を考え、何を問い、何を変えたのかである。

“What matters is not where you studied, but what you accomplish.”
――大切なのは、どこで学んだかではなく、何を成し遂げたかだ。

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Peter.Outside of Japan. ありがとうございます

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