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​🎹【中1ピティナD級予選編最終話】「私はガチ勢の中の落ちこぼれ」13歳の夏、私たちのピティナ予選編、ここに完結。

予選奨励賞、予選通過ならず。

残酷な結果の前に、泣き崩れ、車内で「努力の過程なんてどうでもいい!2回通過したかった!」と大号泣ライブを繰り広げた我が家のドラマ。

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↓↓↓

​ひとしきり泣き喚いて、私たちが向かったのはエルサ先生のご自宅でした。

本選曲の練習方法確認のために呼ばれていたのです。

​LINEで結果は連絡済み。
演奏録音は送信済。

レッスン室へ向かう足取りの重さときたら、まるでドナドナ状態です。

​ところが、ドアが開いた瞬間。

娘の暗い顔を見たエルサ先生は、優しくこう声をかけてくださいました。

​「よく頑張りましたね」

✨️「ダメ出しの『でも』」が、「救いの『でも』」に変わった日


​先生は本番の録音を聴き、音の裏にあった小さな「迷い」を優しく分析してくれます。

​「十分立派な演奏でしたよ。でもね、1回目の演奏に比べるとどこか力強さに欠けたかな?
もしかしたら、この1週間、予選曲と本選曲のどちらを練習しようか色んな迷いがあったかな?
今日、ホールまでの道が渋滞したみたいだけど、焦りを引きずってしまったかしら?
そんな迷いが少し演奏に見えるような気がしますね。
予選で、2回連続気持ちを強く保ち続けるのって、本当に難しいことなんです。
今回は演奏そのものよりも『気持ちを強く持つこと』が課題だったのかもしれませんね」

確かに、​音の発色は弾き手のメンタルと直結しています。

微細な音の曇りを見抜くのはさすがエルサ先生。

そして、まっすぐに娘の目を見つめました。

​「でもね、でも
あなたは本当によく頑張りました。
本当に成長したわ。
1回目の予選で通過できたのも、9.2点という高得点をいただけたのも、偶然でも奇跡でもない。
全部、あなたが自分の実力で掴み取ったものですよ」

​いつもなら恐怖の「ダメ出しの『でも』」が、この日は傷ついた娘の心を優しく溶かす「救いの『でも』」に変わった瞬間でした。

​「今日、通過できなかったことも、今日の競合相手には勝てなかったことも事実です。今日の演奏の反省点は、しっかり次につなげましょう。
でも、あなたは1回目は間違いなく、実力で本選へ進出したんですよ。だから、自信を持って気持ちを切り替えましょう! 本選はベートーヴェンとショパンです。ショパン、一番好きでしょう?」

​娘が「はい」と小さく返事をすると、先生は力強く笑いました。

​「なら気持ちを切り替えて、大好きな作曲家の曲を本選で弾ける喜びだけを考えて、頑張りましょう!」

​カチコチだった娘の顔に、見る見るうちに柔らかい光が戻っていきました。

いつもは厳しい先生が、娘の心を完璧に解きほぐしてくださいました。

娘をここまで引き上げてくださった先生への感謝で、胸がいっぱいになりました。


「今日の悔しさは、次へつなげればいい」 先生の力強い言葉に、固く閉じていた娘の心が少しずつほどけていく。ここまで娘を導き、悔しさまで前へ進む力に変えてくださる先生に、母はただ感謝するばかりでした。



💕​「毎日、三人生きてる。それでオッケーだったよね」

​帰宅後。

いつもなら夜更かし大好きな娘ですが、この日はさすがに泣き疲れたのか泥のように早々に就寝。

​静まり返ったリビングで、私は夫に思いの丈をぶちまけました。もっと早くから習わせなかった罪悪感。仕事の忙しさを言い訳に、きちんと支えられなかった後悔。

​黙って聞いていた夫は、静かにこう言いました。

​「母さんはあまり自分を責めなくていいと思うよ。
実際、娘が小さかった頃は、毎日仕事に行って、保育園に迎えに行って、帰宅後は怒涛の勢いで食事とお風呂と寝かしつけをして……まるで毎日が戦争だったじゃん」

​「しかも俺は夜勤もある。
夜勤週は、母さん一人で家事も育児も仕事もこなしてたわけで、毎日毎日『今日も家族三人生きてる、よしオッケー!』みたいな生存確認だけで精一杯だった。
ピアノ教室まで入れるなんて、どう考えてもうちのキャパじゃ無理だったよ」

​夫は私の肩をポンと叩きます。


「今日も家族三人、生きてる。よし、オッケー!」 仕事、家事、育児。あの頃の私たちは、毎日を回すだけで精一杯だった。


​「それにさ、ピアノを遅くから習い始めたことが、そんなに悪いことか?
4歳の子が2年かかることを、9歳の娘は半年で身につけたかもしれないだろ。
9歳からピアノ始めた娘が、恵まれた環境で幼少期から積み上げてきた才能豊かな子たちと同じ舞台で戦ってる。
それだけで、十分すごいじゃないか。
俺たちの娘の素晴らしさは、俺たちだけが分かっていればいいよな」

​「そうだけど……そうなんだけどね……」

夫の言葉に救われつつも、母親としての胸の奥のチクチクとした痛みは、完全には消えませんでした。


「遅く始めたことは、弱みじゃない」 9歳から追いかけて、追いついて、同じ舞台で戦っている。それだけで十分すごい。夫の言葉が、母の後悔を少しだけ溶かしてくれました。


​🩷「ガチ勢の中の、落ちこぼれ」

​翌朝、キッチンで朝食の支度をしている私の隣に、少し目を腫らした娘が起きてきました。

​「お母さん、昨日は切れ散らかしてごめんね」

「ううん、いいよ。悔しかったよね。お母さんこそいろいろごめんね。もっと早くから習わせてあげられなくて、グランドピアノも買ってあげられなくて……」

​すると娘は、私の言葉を遮るように言いました。

​「そんなのいいよ! お母さんが頑張って支えてくれてるのわかってるから。お母さん、本選頑張るね。1回だけだけど、本選にいけて嬉しい」

​「そうだね……!」と私が答えた瞬間、娘が「お母さん、ギューしよう」と力いっぱい抱きついてきました。そして、腕の中でポツリと、自虐混じりに言い出したのです。

​「お母さん。私はさ、ピアノ教室でも、コンクールでも、英才教育組の中に混ざった『ガチ勢の中の落ちこぼれ』だと思うんだ。
だから。
また自信がなくなって泣いたり、切れ散らかしてお母さんに当たっちゃうかもしれない。いい?」

​ガチ勢の中の、落ちこぼれ。

娘が自分で見つけた、痛烈で、だけど愛おしい自分の立ち位置。

​私は娘を力強く抱きしめ返しました。

​「もちろん! いつでも当たり散らしなさい! お母さん、それくらいしか出来ないんだから!」


「ガチ勢の中の落ちこぼれ」でもいい。泣いて、悔しがって、また前を向けばいい。何度でも受け止めるから、一緒に進もう。


​🪿醜いアヒルの子は、白鳥になれなくても

​娘を抱きしめながら、私は静かに思っていました。

娘はこの先、どんなに血の滲むような努力を重ねても才能豊かな子たちの中で「ガチ勢の中の落ちこぼれ」のポジションのままかもしれない。

童話のように、醜いアヒルの子が劇的に美しい白鳥に変身するような奇跡は、現実のコンクールには起きないかもしれない。

​でも、この子は知っているのです。

ボロボロになって泣いた翌朝にも、また「本選、頑張るね」と言える自分がいることを。

本人がそれを望む限り、私はどこまでも、その向こう見ずな挑戦のサポーターであり続けようと心に誓いました。

​我が家の本番前ルーティンである「たらこパスタ」と「キットカット」、そして、いつでも娘が当たり散らせる母親がいれば、それでいい。

​私たちのピティナ予選編は、最高の涙と笑顔で、ここに堂々の完結です。

​さあ、次は大好きなベートーヴェンとショパンが待つ、本選の舞台へ!

ガチ勢の中の落ちこぼれ、上等じゃない! !

大好きな、ベートーヴェンとショパンを弾きに行こう。

​(2024年 中1ピティナD級予選編・完。本選編へ続く)

バッハ先生、ドビュッシー先生、予選の舞台を一緒に駆け抜けてくれてありがとう。楽しかったです! さあ、次はベートーヴェン先生とショパン先生と一緒に——本選舞台へ!🎹✨

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