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horiguchicoffee
【短編小説】なんでこの仕事してるんだろう
冷めたコーヒーを飲みながら、石橋さんは言った。
「私、なんでこんな仕事してるんだろうって思うことがあるんだ」
深夜一時近い、駅前のカフェ。
ダイヤが乱れて、新幹線が二時間止まっていた。
私は何も言えなかった。
言葉を探す前に、うなずいていた。
石橋さんは三つ上で、仕事が早くて、余計なことを言わない人だった。
出張で同じ班になったのは、あの日が初めてだった。
会議で何度か顔を合わせた程度で、ふたりで話すのはほぼ初めてだった。
運転再開を待つ二時間、私たちはカフェにいた。
最初は仕事の話。
次に、どうでもいい話。
そしていつの間にか——どうでもよくない話になっていた。
「なんでこの仕事してるんだろう」という言葉の前に、どんな文脈があったか、もう覚えていない。
覚えているのは、その言葉と、石橋さんの横顔と、冷めたコーヒーだけだ。
電車が動いたのは、日付が変わった頃だった。
改札を通って、それぞれの方向へ歩いた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
それだけだった。
次の週、会社で会った石橋さんは、いつもの石橋さんだった。
私も、いつもの私だった。
あの夜のことは、話題にならなかった。
何かがあったことを示す言葉も、何もなかったことを示す言葉も、どちらも出なかった。
ただ、出なかった。
それから一年が経つ。
私はときどき、あの言葉を思い出す。
「なんでこんな仕事してるんだろう」
私は答えを返さなかった。
返せなかった、というより——返す前に、電車が動いた。
あの続きを、私はまだ持っている。
ちゃんと答えたかった、という気持ちも。
それが何なのかは、うまく説明できない。
ただ、コーヒーが冷めるとき、少しだけ胸が痛い。
あの夜に限らず、どこでも。
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