望月麗子シリーズ VS ホスト161
世界中の時間が、止まったようだった。
深夜の東京。
残業帰りの会社員。
ニューヨークのバー。
戦場の兵士。
病室の老人。
泣いている子供。
誰のスマホにも。
誰のテレビにも。
誰の車のモニターにも。
突然、白い髪の少女が映し出された。
黄金と深紅の瞳。
涙を流す顔。
そして静かな声。
『お願い……もう争わないで』
その一言だけだった。
だが、その声には異常な力があった。
聞いた瞬間、心の奥に直接触れられるような感覚。
銃を下ろす兵士。
喧嘩を止める若者。
自殺しようとしていた男の手が止まる。
世界が数秒だけ、“静か”になった。
―――
地下鉄では。
麗子が苦しそうに胸を押さえていた。
「はぁっ……!!」
鼻から血が落ちる。
翔が叫ぶ。
「脳負荷が限界だ!!」
ジュンが舌打ちする。
「まずい……世界と繋がりすぎてる」
すると突然。
全モニターが切り替わった。
現れたのは、黒羽アヤメ。
白いドレス。
微笑む顔。
まるで母親のように優しい目。
『麗子』
麗子の身体が固まる。
「……お母さん」
蒼真が目を見開いた。
アヤメは静かに笑う。
『迎えに来たわ』
「違う……」
『貴女は苦しいでしょう?』
麗子の瞳から涙が零れる。
アヤメの声は甘かった。
毒のように。
『人間の憎しみも、悲しみも、全部聞こえてしまう』
『だから終わらせましょう』
『争いのない世界を作るの』
翔が怒鳴る。
「耳を貸すな!!」
だが麗子の表情が揺れる。
世界中の苦しみが流れ込んでいる。
戦争。
虐待。
裏切り。
孤独。
死にたいという声。
それを全部感じ続けていた。
アヤメは囁く。
『人類は自由を持ちすぎた』
『だから壊れたの』
『感情を管理すれば、争いは消える』
『痛みも消える』
ジュンが低く言う。
「それがオルフェウスの思想か……」
アヤメは微笑んだ。
『麗子、貴女は神になれる』
『世界を救えるのよ』
その瞬間。
麗子の背後の白蛇が巨大化する。
地下鉄全体が揺れる。
蒼真が麗子の肩を掴んだ。
「聞くな!!」
麗子は泣いていた。
「でも……!!」
「……」
「もし本当に、争いを止められるなら……!」
蒼真は強く抱き寄せた。
「違う」
「……!」
「誰かに感情を奪われて静かになる世界なんて、生きてるとは言わねぇ」
麗子が震える。
蒼真の声は荒い。
でも優しかった。
「苦しくても」
「傷ついても」
「人間は、自分で選ぶんだ」
その言葉で。
麗子の瞳が少しだけ戻る。
すると突然――
パンッ!!
銃声。
全員が振り向く。
そこには、血を流しながら立つ餓狼がいた。
自分の首の制御装置を撃ち抜いていた。
「ぐ……ぁ……」
巨体が崩れる。
餓狼は苦しそうに笑った。
「……やっと……自由だ……」
麗子が駆け寄る。
「なんで……」
餓狼は震える手で、小さな写真を取り出した。
そこには幼い少女。
「娘……だ……」
「……」
「病気で……死にかけてた……」
オルフェウスは娘を救う条件として、餓狼を兵器にした。
だが結局、娘は助からなかった。
餓狼の目から涙が落ちる。
「俺は……何のために……」
麗子はその手を握った。
餓狼は最後に、麗子を見て呟く。
「……神になるな」
「……」
「お前は……人間でいろ……」
そして静かに動かなくなった。
地下鉄に沈黙が落ちる。
その時。
アヤメの映像が消える直前、微笑んだ。
『なら証明してみなさい、麗子』
『人間が、本当に希望を持てる生き物だと』
通信が切れる。
そして次の瞬間――
東京上空。
巨大な黒い人工衛星が起動した。
翔の顔から血の気が引く。
「……嘘だろ」
ジュンが呟く。
「オルフェウスの“箱舟”……」
人工衛星の中心が、赤く光り始めた。
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