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夜間特急『オリオン号』の惨劇   第5章:『盲点の終着駅』

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あなたは差し出されたグラスを拒むように、静かに手を挙げました。そして、完璧な給仕係の仮面を被ったボーイの目を、真っ直ぐに、射抜くように見据えました。
「お気遣いは感謝いたしますが、私は見知らぬ人間から勧められた酒は飲まない主義でしてね。……青年、どうしてもと言うなら、そのスコッチを、まず君が一口飲んでみせてくれないかね?」
あなたの低く冷徹な言葉がサロンに響いた瞬間、ボーイの指先が微かに強張りました。完璧だった仮面の奥で、彼の瞳が激しく揺らぎます。
「……何をおっしゃるのですか、旦那。私はただの給仕です。お客様の私物に口をつけるなど、滅相もない」
「往生際が悪いですね」あなたは立ち上がり、彼との距離を詰めました。「そのスコッチから漂う、微かなアーモンドの臭い……シアン化合物の毒薬だ。君は一ノ瀬氏を口封じで刺殺しただけでなく、その真相に気づいた私をも、この毒酒で闇に葬ろうとした」
「な……!?」サロンの奥で息を潜めていた乗客たちが、一斉に立ち上がりました。
「皆さん、ご覧なさい」あなたは周囲の乗客たちへ語りかけました。「一ノ瀬氏が死の間際に手帳に書き残した暗号は、この列車を使った密輸の記録だった。そして、乗客であるあなた方の【一ノ瀬への憎悪】を最高の隠れ蓑にして、空気のように堂々と犯行に及んだ真犯人……それこそが、この列車の風景の一部になりすましていた、彼(・・)だ!」
「この……老い損ないが……!」
正体を見破られたボーイは、ついに給仕係の笑みを消し去り、獣のような凶悪な顔を剥き出しにしました。彼は盆をあなたに向けて投げつけると、懐から一ノ瀬を手にかけたであろう細身のナイフを抜き放ち、あなたへ飛びかかろうとします。
しかし、その瞬間、サロンの乗客たちが一斉に動きました。
一ノ瀬に人生を狂わされ、その一ノ瀬を殺した犯人を絶対に逃がすまいと、復讐の炎を燃やし続けていた元記者や元実業家たちが、背後からボーイの体に組み付いたのです。
「離せ! 貴様ら、狂ったか!」
「狂ったのはお前だ! 一ノ瀬の悪事を世間にぶちまけるまでは、お前を地獄へは行かせん!」
数人の大柄な乗客たちに圧し折られ、ボーイは床へと激しく叩きつけられました。彼の手からこぼれ落ちたナイフが、カランと虚しい音を立てて絨毯を転がります。
ガタゴトと、オリオン号の車輪の音が一段と高くなり、やがて不気味なほど滑らかに減速を始めました。窓の外、荒野の闇の向こうから、終着駅のプラットホームの眩しい明かりが、サロンの赤暗い室内を白々と照らし出していきます。
そこには、完全に制圧され、絶望に顔を歪める若き殺人犯。そして、その様子を冷然と見下ろす、一歩も動かずに勝利を収めたあなたの姿がありました。
乗客たちの燃え盛る怨恨という強烈なスポットライト。真犯人はその影の【心理的盲点】に潜んでいたつもりでしたが、老探偵の鋭い眼光は、最初からその闇を見通していたのです。
キィィ、と重いブレーキ音を立てて、夜間特急はついにその終着駅へと滑り込みました。
プラットホームには、あなたのハッタリ通り、すでに何名もの警察官たちが一列に並んで列車の到着を待っています。
「さあ、終着駅です。あなたの犯した罪の、本当の清算を始めましょう」
あなたは上着のポケットから一ノ瀬の手帳を取り出し、それをパチンと叩くと、静かに列車の扉へと歩き出しました。

老探偵の圧倒的な洞察力とハッタリ、そして人間の心理を巧みに操るプロの手腕により、傷一つ負うことなく、夜間特急の密室殺人を完璧に解決へと導きました!

全5章完結

新作は出来次第、投稿していきます。
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