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何度でも調律しながら生きていく。

「限界まで頑張れ。」

そんな言葉をかけられるたびに、
心が少しだけきしむことがある。

誰かの限界と、
自分の限界は違う。

同じ景色を歩いていても、
背負っているものも、
傷つき方も、
心の強さも違うのだから。

だから、
限界まで頑張ることだけが正しいとは思えない。

その先で、
心が壊れてしまうこともある。


けれど、
逆の怖さもある。

一度壊れる恐怖を知ってしまうと、
今度は壊れないことばかりを考えて、
本当はまだ歩ける場所でも、
足を止めてしまうことがある。

頑張りすぎることと、
守りすぎること。

いつも、
その間で揺れている。

そんな自分を思うたび、
人生は楽器の弦に似ていると思う。

弦は、
張りすぎれば切れてしまう。

緩めすぎれば、
音は響かない。

美しい音は、
強く張ることでも、
弱く張ることでもなく、
その弦に合った張り具合から生まれる。


人もきっと、
同じなのだと思う。

問題は、
その張り具合を自分でも
見失ってしまうことがあることだ。

努力と無理。
勇気と甘え。

その境界は、
思っているほどはっきりしていない。

だから私は、
限界を知ろうとするよりも、
今日の自分がどんな音を奏でているのか、
耳を澄ませていたい。

少し響きが濁っている日。
少し張りすぎている日。
少し緩みすぎている日。

そんな小さな変化は、
切れてしまう瞬間ではなく、
いつもその前から、
静かに音に表れているのかもしれない。

人生は、
限界まで頑張るためのものでも、
壊れないように生きるためのものでもない。

自分という楽器を、
何度でも調律しながら、
夜ごと弦の音を確かめるように、
その日、その日の音を奏でていくものなのだと思う。

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