モニターの外にも情報はある。
先日、娘と車で出かけたときのこと。
私は運転席、娘は助手席。
お昼ご飯を食べるお店を探しながら走っていた。
娘はスマホで検索している。
私は道路の先を見ている。
看板。
交差点。
街並み。
道路を走る車の流れ。
同じお店を探しているのに、見ているものがまったく違っていた。
もちろん、私は運転しているので周囲を見る必要がある。
でも、ふと思った。
たぶん私が助手席でも、同じように周囲を見ていただろう、と。
私はスマホ世代ではない。
それも理由の一つかもしれない。
でも、私が探していたのは、お店そのものではなかったのかもしれない。
車が入りやすそうな道。
飲食店が並んでいそうな街並み。
駐車場がありそうな雰囲気。
「この先ならありそうだ。」
そんな状況を探していたのだと思う。
そのとき、
会社で仕事をしている景色が頭に浮かんだ。
私は、パソコンの画面だけを見て仕事をした記憶がない。
もちろん、モニターは見ている。
でも、仕事はモニターの中だけでは進まない。
私にとって、本当に知りたかった情報は、その外にもあった。
誰が誰の席へ向かったのか。
いつもより慌ただしい部署はどこか。
廊下ですれ違う人の表情。
何気ない会話。
そんな景色も、私にとっては仕事の情報だった。
仕事は、データ処理ではない。
人と人が関わり、
組織と組織が関わり、
その中で判断し、動き、結果が生まれる。
だから、データだけでは仕事は見えてこない。
数字を見ることは大切だ。
でも、その数字が生まれた背景には、必ず人の動きがある。
私は昔から、情報を集めていたのではない。
情報をつなぎ合わせて、状況を理解しようとしていた。
だから、モニターの外にも目を向けていた。
アクセス解析の仕事をしていた頃も同じだった。
数字だけを並べても解析にはならない。
なぜその数字になったのか。
そのとき現場では何が起きていたのか。
組織はどう動いていたのか。
データだけでは分からないことを、できるだけ多くの情報から推察していた。
車の中で探していたのは、お店ではなかった。
「この先ならありそうだ。」
そんな状況だった。
仕事でも同じだった。
私はデータを処理していたのではない。
データを含めた、できるだけ多くの情報から状況を推察していた。
今振り返ると、私が見ていたのはデータではなかった。
データを生み出している、人と組織の動きだった。
モニターには結果が映る。
でも、その結果を生み出した理由は、モニターの外にある。
だから私にとって仕事とは、
モニターの中の数字を見ることではなく、その外に広がる景色から状況を理解しようとすることだったのだと思う。
