『ライフサイエンス』 長生きせざるをえない時代の生命科学講義 抜粋 大阪大学教授・生命科学者 吉森 保著第2章 細胞が分かれば生命の基本が分かる 8
生き物はみんな違うのが大事
このように,、生物の進化がなぜ起こるのかまだはっきりとわかっていませんが、一つだけはっきりしていることがあります。
それは、生物の生き残りにはダイバーシティが欠かせないということです。多様性こそ生命存続の鉄則です。
現在、企業でも性別や国籍、年齢を問わないダイバーシティが会社を発展させると叫ばれているようですが、生物学でのダイバーシティは「生物の遺伝的多様性」を指します。
なぜ多様性が重要かというと、ある生き物の集団が生き残るにはいろいろなタイプがいた方がいいわけです。例えば、日本人でも、ひとりひとり個体によって遺伝子が違いますね。
人種が異なれば明らかに違ってきます。環境は常に変わるので、何かが起こったとき、遺伝子が均一だと絶滅しかねません。多様性を持った生き物の方が、集団としては生き残る可能性が高くなります。
「ナチスの優生学」を知っていらっしゃる人もいるでしょう。優れた遺伝子を持った人を増やして、劣った人を排除することで社会を改良するという思想ですが、これは生物学としては明らかにおかしいわけです。
何を優れた遺伝子とするのかが問題ですが、ナチスの優生学は、背の高い
白人のアーリア人こそ最も優良であるとして、ユダヤ人を虐殺し、また身体障害者も大勢殺しました。
しかし、これらの考えは生命科学の視点から見ると間違っています。多様性がないと死に絶えるのが生命の本質です。
障害者の問題は最近日本でも議論がありますね。障害者施設で元スタッフが入居者を殺害する事件もありました。「障害者の遺伝子を残すな」「生きるに値しない命に医療のリソースを使うな」と叫ぶ人は昔からいます。
ただ、生命科学の視点では、いろいろな遺伝子を持った人が多ければ多いほど、人類は絶滅せず、何が進化の役に立つかわかりませんので、バリエーションが豊富なほどいいのです。
人は、ただそこに居るだけで生命全体の役に立っていると言えます。生きるに値しない命などありません。もちろん、本人にとって苦痛かどうかはまた別の問題ですが。
そもそもの話になってしまいますが、「劣っている」「優れている」を判断するのは簡単ではありません。現代の先進国の感覚で踊っているように見えるものを排除することが、生命科学的に見るとよくないこともあるかもしれません。
病気であることも、マイナス面ばかりではありません。分かりやすい例で言うと、鎌状赤血球性貧血という病気があります。これは、アフリカのある地域の人々に多い病気で、遺伝子の変異で赤血球の形が変わってしまう病気です。
赤血球は、血液の中で酸素を運んでいますが、普通はせんべい形をしており、ちょっと窪んでいます。これは、窪んで表面積を多くすることで、酸素をたくさん運べるようにするためです。
しかし、この病気では、ヘモグロビン遺伝子の異常で、これが草刈り鎌のように尖った形になってしまいます。そうすると、酸素が運びづらくなって貧血になります。これも、ただ遺伝子が一文字違っただけですが、貧血ですから病気です。
二つある遺伝子が両方変異していると重症になりますが、一つだけだと病状は軽くて日常生活に支障はありません。
ただ、興味深いことに、この鎌状赤血球貧血の遺伝子を持っていると、マラリアにかかりにくくなります。
マラリアは蚊がマラリア原虫を介して伝染させます。人を刺した時に血液中にマラリア原虫が入り込むと赤血球の中で増殖するのですが、鎌状赤血球の中では育ちにくくなります。
一つの遺伝子が変異しているだけの鎌状赤血球貧血は、低酸素で貧血になるだけで普通に生活できます。一方、マラリアは死にかねません。このように、環境によっては、病気を起こすからといって悪い遺伝子でもないわけです。
ところで私は、先天色覚異常の「赤緑色弱」です。色覚異常は、少し前まで科学的根拠のない就職差別や結婚差別を受けていました。
でも、色覚検査票には赤緑色弱の人にしか読めない字があります。これは劣っているわけではなく、違う能力だと思いませんか?
色覚の科学は進み、正常者の間にも違いがあり、正常と異常の境界はなく
連続していることや、「異常」は猿から人間になった後に現れた遺伝子変異であること、つまり進化かもしれないことなどが分っています。
日本遺伝学会は、色覚異常ではなく色覚多様性と呼ぶように提唱しています。このような例もあります。
人類もいずれは滅びます
生命の誕生が30億年前ですが、人類の誕生は長く見積もっても700万年前です。これは「たった700万年」と言っていい時間で、例えば恐竜の
繁栄は、約1億6000万年もありました。人類の20倍以上の歴史です。
これまでにおびただしい数の生物種が絶滅し、新種が現れています。種の階層でも激しく入れ替わりが起こっているのです。ヒトという種もいずれは
絶滅するでしょう。
しかし、人間から進化した別の種の生物が後を継ぐでしょう。生命はしたたかに続きます。地球が滅んでも、宇宙に飛び出して生き続けるかもしれません。
集団としての人間が存続しても、ひとりひとりの個体はそうはいきません。病気になるし、歳をとって死んでしまいます。老化や死は嫌ですね。病気ももちろん避けたい。
病気、老化、死は細胞で起こります。細胞の中では、常にその秩序を壊そうとする敵がいるのです。次の章では、細胞と病気、細胞と老化の関係について見て行きましょう。
コラム6 研究は何の役に立たなくてもいい
あなたの研究は何の役に立つんですか。実は、そう聞かれると答えに困ってしまう研究者は少なくありません。「えっ、研究者は社会の役に立つために研究しているんじゃないの」と驚かれるかもしれませんが、研究者は必ずしも何かに役立つために研究をしているわけではないのです。
例えば、私の師匠の大隅良典先生はノーベル賞を受賞しましたが、彼は「何かに役立てるために研究はしていない」ということを公言しています。
大隅先生は人類の福祉に貢献するつもりで研究者になった訳ではなく、
勿論、ノーベル賞を受賞したいがために研究していたわけでもありません。
研究者にはいろいろなタイプが存在しますが、大隅先生は典型的な「そこに山があるから登る」タイプです。
つまり、謎があったら解き明かしたい。
なぜこうなっているかを知りたい。謎解きに日夜没頭し、その結果がたまたまノーベル賞にふさわしいと判断されたわけです。
役に立つと思っていなかった研究が役に立つことや、本人が意図していることとは全く異なる形で研究が役立つこともあります。
大隅先生の2年後にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑先生は、新たな癌治療薬の開発につながる研究をしたことが評価されました。
ただそのきっかけになった「PD-1」というタンパク質は、元々は全く別の研究をしていて偶然見つかったものです。
アレクサンダー・フレミングがペニシリンを発見したのも偶然です。ある日、彼は実験室に放置していた使用済シャーレーを捨てようとしていました。その時、黄色ブドウ球菌のシャーレーを何気なく見ると、カビが生えていました。
そのカビの周りが透明なことに気づいたのです。つまりカビが何かを放出していて、それが菌を殺していたということです。
その何かがペニシリンでした。私たちの現代の生活に不可欠なペニシリンも、最初から狙った発見ではなかったのです。
研究で面白いのは、役に立つか立たないかは分からないけれど、自分が興味を惹かれて調べたことが、思いもよらない大発見を引き寄せて、結果的に役に立つこともあれば、役に立てようと思って研究をしていたのに、成果をもたらさなかったりすることがよくあることです。
「役に立ちそうな研究にだけお金を出す」ということをやり過ぎると、大発見を逃す、ということもきっとあります。
以上です。
