【エッセイ】父の葬儀
父は2021年の春に亡くなった。
自分の親族が死んだ場合ってなんていうの?
亡くなったで合ってる?
まぁ、良い。
コロナ禍でほとんど会えなかったことが悔やまれる。
中々の難病を患い、医師から余命宣告は受けていた。
ただし、それは早ければ1年半、進行が遅ければ5年程度だと。
それから1年後に父は逝った。
父はせっかちだった。
最期までかよ、と思った。
とは言え、余命宣告自体はあったわけで、覚悟は多少なりともできていた。
容体が悪化した後、会いに行けたし、手紙は書けた。
ちゃんと渡せた。
当時、公私ともに何故か忙しく余裕がない中で、自分の感情は死んでいるのかなと思うことがあった。
父に最後に会い、手紙を朗読しようとしたら、引くほど涙がこぼれて止まらず、声も出なかった。
号泣、そして嗚咽。
しながらも、あぁ、感情死んでなかったんだ、と同時に考えていた。
To 父
コロナでなければ皆でお見舞いに行って、直接話せるけど、中々難しそうな状況なので、手紙ですみません。
あいかわらず美しい字ではないですが、そこのところは「味がある」という方向で考えていただけると幸いです。
しかし改まって書いたり、伝えたりするのは恥ずかしいものですね。
とにかく今はゆっくり休んでもらって、一日も早くよくなるように、お祈りしています。
今まで二回だけ、ちゃんと面と向かって感謝を伝えたかと思う。
お遍路から帰ってきて就職する前、そして結婚式当日。
そして改めて、ありがとう。
生んでくれて、育ててくれて。
自分一人で育ったみたいな顔をして過ごしているけど、お蔭様で毎日幸せな日々を過ごせています。
そして昔から自分のやりたいようにやらせてくれてありがとう。
何かと心配はかけたかと思うけど、「ほっとき(なさい)」っていつも母に言ってくれてありがとう。
素晴らしい妻と、可愛い三人の子供達と毎日仲良くワイワイ過ごしていますので、こちらはなんの心配もいりません。
治療に専念して、早く会えるのを家族一同楽しみに待っています。
会いに行けない分、こまめに皆の愉快な写真を送ります。
良い時代になりましたね。
〇〇より。
手紙を渡したあと、ほどなくして父は逝った。
そのあとは相当忙しかったが、力を合わせて乗り切った。
ご時世もあり、葬儀は完全に親族だけで小さく小さくやることにした。
私は手続きをミスって、一瞬だけ社内掲示板に葬儀場情報等が流れてしまった。
すぐに気が付き、家族葬という事で申し訳ないが、弔問は受け付けないように変更した。
お通夜でも色々バタバタして、やれ始まるという段階で参列者に会社の同期がいた。
そしてもう一人。知らない壮年の男性。
やっちまったと思ったが、同期には正直に伝えた。
本当に申し訳ない。来てくれてありがとう。
だけど帰ってくれと、追い返した。
はるばる来てくれたのにごめん。
同期を代表してお香典も持ってきていただいて。
良い友人をもって誇らしいです。
彼も「なんかおかしいと思ったんだよな」と言っていた。だよな。
未だにクソ文句言われますが、こればかりは甘んじて受け入れます。
それよりも、問題はもう一人です。
家族会議をしました。
ハドルです。
アメフトの試合で、プレーの前で集まるやつです。
誰?知らない。俺も。えっ、誰も?なんで?でも流石に何か察するでしょう。
ゴソゴソ話したが。埒が明かない。
誰も正体を聞き出す勇気も余裕もないまま、お通夜は始まった。
母、兄夫婦。私家族。おじさん。
間違い探しイージーモード。
おじさんは通夜を最後までやり通し、深々と一礼して去っていった。
逆に笑えてきた。
誰であれ、あっぱれだと。
鋼の心臓どころの騒ぎではない。
ログマロープ。
いくら何でも違和感を覚えていたハズだ。
それでもなお、一人で最後までやりきった。
或いは一切の違和感なく、最後までやりきったか。
それはそれで、剛の者。
◇
後日、おじさんは父が指導員を務めた元部下で、転職して別の会社に行ったが、どこかで聞きつけてやってきたようだと知った。
当時から空気が読めない人だったそうね、と母が言ったが。
レベチやん。
空気読めないとかそういう段階は多分、とうに越していて、あの場の空気を支配するレベルだった。
ものごと、突き詰めると、開花する。という教訓にしよう。
同期、すまん。
そしておじさんのお陰で、家族の間でも、同期の間でも、父の通夜はすべらない話になった。
そう考えると、自分が死んだ時にも、そういうおじさんがいてもいいなと思える。
納棺の際に、もう一通の手紙を収めた。
To 父
まだ、悲しさや悔しさが大きいけれど、苦しさや煩わしさから全て解き放たれたかと想像すると、幾分か心が楽になります。
旅立たれた三月三十一日は一番桜が綺麗に咲いた日だったね。
美しい桜が見られた事でしょう。
お遍路に行ったりなんだりで自分なりの死生観は色々あります。
そんな中、自分の考えに合っていて、好きな詩を送ります。
ネイティブアメリカンによる詩だそうです。
Today is a very good day to Die.
Every living thing is in harmony with me.
Every voice sings a chorus within me.
All beauty has come to rest in my eyes.
All bad thoughts have departed from me.
Today is a very good day to die.
My land is peaceful around me.
My fields have been turned for the last time.
My house is filled with laughter.
My children have come home.
Yes, today is a very good day to die.
三十一日は死ぬには良い日だったね。
毎日死ぬには良い日なんだろうけど、特に佳い日だったと思う。
家族も皆帰ってきた。
いつ死んでも素晴らしい人生だったと言えるよう、毎日を大切に生きようと思います。
今の所、悔いのない人生を送れています。
自分だけでなく母も兄も、妻も長男も次男も長女も、そしてその他大勢の皆を幸せにできるように、
幸せにしてもらえるように、一生懸命力を合わせていこうと思います。
願わくは自分の最期も、家族に囲まれ、美しい日に、笑顔で送られたいと思います。
ただ、もう少し、急がずゆっくりと時間をかけていこうと思います。
(詩の日本語訳)
今日は死ぬにはとても良い日だ
あらゆる生命が私と調和している。
あらゆる声が私の中で合唱している。
すべての美しさが私の目に留まっている。
すべての悪しき考えは私から去っていった。
今日は死ぬにはとても良い日だ。
私の土地は平和に包まれ、畑は最後の手入れを終えた。
家は笑い声で満たされ、子供たちは家に帰ってきた。
そう、今日は死ぬにはとても良い日だ。
