小さな社会と流行という世界ー回想録⑦ー
その町は数百㍍の範囲内に生活圏が凝縮された世界であった。市営住宅の10数棟と文化住宅が数軒、他長屋が数軒、平屋の集合住宅が50軒等である。大きな屋敷は全くなかった。そういう意味で当地域の少年達に住んでいる場所での優劣はなかった。それ以上に、この町は小さな社会を形成していた。少年にとってそれは独立国そのものであった。半世紀以上前の記憶を辿ることにする。
文化住宅(回想録①を参照)を数分歩くと、
①パン屋がある。
今風の焼き立てパン屋ではない。ヤマ〇〇パンの看板が自慢の、町のパン屋さんである。ご主人は〇〇市にある直営の工場から毎朝車で仕入れに行っている!と自慢げに私達(少年)に話していたが、早朝、ヤマ〇〇パンのトラックが横付けされているのを何度も目撃している。このオッサン適当やな!といつも思っていた。しかし開店早々に買った1斤食パンは確かに柔らかく美味しかった。これが当時、この地域の最先端のパン屋であった。因みに全てヤマ〇〇パンのロゴ入り包装の商品であった。
次に、
②野菜・魚類を専門とするスーパーである。
この店は地域最大の専有面積をもっていた。勿論、毎日大繁盛である。天井からぶら下げられたかごの中に現金が山盛り入っていた。それがレジである。かごはあちらこちらにあった。北前船を仕切る親方の雰囲気だ。
「Hye!イラッシャイ!さあ~いこう!さあ~いこう!」と若い兄ちゃんが大声で客引きをする。とにかく活気に満ち溢れていた。さあ~いこう!って言うてるけど。いったいどこにいくんやろう?といつも思っていた。各人思う場所は違っているのかな…と。
次に、
③豆腐屋である。
大きな水槽に豆腐が何丁も浮かんでは沈む。おじさんが手のひらに豆腐をのせ平らなカウンターに置き、何とバーナーでゴオッーと(火を)浴びせかけた。少年たちはいつもこのパフォーマンスがある度に、マジックを見るかの如く立ちすくんでいた。勿論、豆腐が美味しいと思う年齢でもなく、そのパフォーマンス以外にはこの店に全く関心がなかった。
次に、
④駄菓子屋である。
少年にとって、この世のパラダイスエリアである。予算10円で箱に入った煎餅を10個買え、空腹を満たすことができた。手で触るとねっとりとするスルメイカもあり、これは遠方の池でアメリカザリガニを釣る餌としても併用できた。実際食べると確かに美味だ。アメリカザリガニと味覚が合うことを初めて知った。他に、束ねられた紐の1本を引っ張ると飴玉が動く。それが取り分だ。原始(幼稚)的なお菓子ゲームの様なものだが、おばさんの目を盗み大きな飴玉を逆に引っ張って、先端にある動いた1本の紐に目を付けておく。おばさんを呼びお金を払う(20円か?)。予定の行動で大きな飴をゲットする。少年にとって、駄菓子屋の小世界は、欲望・嘘・駆け引きが渦を巻く真剣かつ大道楽の世界であった。
次に、
⑤床屋である。
当時の少年は、もっぱら刈り上げスタイルである。男子で長髪は禁止、茶髪など見たこともなかった。生まれつきの癖毛、天然パーマであったので少し伸びると髪がカールする。このカールは半世紀以上のトラウマとなっていった。
次に、
⑥診療所である。
今から思えば、玄関や待合室も古く、退屈しのぎに見る漫画雑誌はページがめくれない程、ボロ雑誌ばかりが揃えられていた。治る病もここに来れば悪化しそうな診療所であった。ひとつだけ興味のある事があった。ここの医院長は(といっても医師は一人であるが)注射を打つ瞬間に子供にお菓子を見せ、その瞬間にプツンと針を刺すのである。子供は瞬時なので痛みを忘れ、泣かずに無事終了する、医院長も暴れられることなく無事に業務遂行というわけだ。素晴らしい技能の持ち主であった。確か、医院長の机横には、駄菓子の箱が山積みされていたのを思い出す。あの箱は駄菓子の卸業者からの仕入れに違いない。外科も内科も全て対応。医院長の専門は何科だったのだろう。救急も兼ねていた筈だが、菓子屋の社用車は見たものの、肝心な救急車が到着していた記憶が全くない。
ひょっとしたら、この医院長、町の”赤ひげ”か”ブラックジャック”の様な凄腕の医師だったかも知れない。
次に、
⑦銭湯(回想録②参照、語れば長くなる)
最後に、流行である。
ある時、市営住宅に在宅されている元警察官の方が、周辺の少年を集めて剣道を教えてくれるという。この地域には野球をする広いグランドもなく、盆踊りをおこなう児童公園(回想録⑥)しかなかった。野球もそれなりに楽しんだが、とにかく狭いグランドである。打球や暴投したボールが、市営住宅の窓ガラス・ベランダに置かれている盆栽の鉢を破砕し、母親と何度謝罪にいったかわからない。母親が、恐らくこれではいけない!と思った矢先に、礼儀作法を重んじる剣道というブーム(流行)が小さな社会にやって来たのである。少年にとって後に、このTVドラマに影響され、さらに没頭する羽目になるとは、その時には知る由もない。
