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27歳、適応障害、東南アジアの旅⑧-クアラルンプール敗北記

2025年の初夏。5月11日から23日までの13日間。
適応障害の休職中。深夜の衝動に背中を押されるように、日本を飛び出しました。シンガポールからラオスまで。東南アジアを南から北へ、電車と陸路だけで縦断する旅。

予定も決めずフラフラと。ただ、心の底に沈んでいた澱のようなものが、少しずつ消化されていくのを感じながら、旅に身を委ねていた記憶です。


僕のクアラルンプール

列車がスピードを緩める。クアラルンプールを目前にして、何の説明もなく停車した。日本にいるのなら舌打ちの一つも出るところだが、僕はどこか安堵していた。このまま時間が止まってしまえば、過去の亡霊と対峙しなくて済む。この不条理な停車は、僕にとっての必然だったのかもしれない。

結局、30分遅れて到着した駅のホームには、夕暮れの感傷など微塵もなかった。全て夜の闇に塗りつぶされたメガシティ。
そして、かつて僕が人生のほとんどを賭け、そして全てを置いて逃げ出した街だ。

2019年、大学3年生。僕はこの街の熱気に冒されていた。

「ここに住みたい」

留学という "それっぽい" 安全な選択肢ではなく、新卒での現地就職という退路のない道を選んだ。周囲は「バカなことを」と笑っていたが、それが心地よかった。

スタートアップでの長期インターン、泥臭い実績作り。スポーツも勉強も中途半端に投げ出してきた自分が、初めて何かに取り憑かれたように努力ができた。その甲斐あって掴んだ内定。俺はただの大学生じゃない、世界を股にかける男になるんだ。そう信じていた。

けれど、世界はあっけなく反転する。2020年、コロナウイルス。国境の封鎖。VISAの発給停止。不可抗力という名の暴力が、僕のキャリアを粉々に砕いた。…いや、これは綺麗な言い訳なのかもしれない。本当は限界まで戦わなかったかもしれない。「どうしようもない」という言葉に安堵し、日本で彼女を作り、そこそこの幸せというぬるま湯に浸かることを選択した。

「彼女がいるから挑戦できない」そんな嘘を自分につきながら、僕はこの街から、そして挑戦する自分から、静かにフェードアウトしたのだ。


あの頃のalor street
コロナ禍を経た今もその熱気は変わらない

あれから数年。適応障害で休職し、骨折した右手を抱えて、僕は再びこの街の土を踏んでいる。目的は一つ、この街との決別だ。

かつて同じ夢を追い、そして実際にこの街で就職を果たした友人を呼び出した。金曜日の夜。駅前のバー。

僕の目論見は単純だった。彼からこの街の「現実」を聞き出したかった。「住んでみたら最悪だ」「日本の方がいい」….そんな愚痴を聞き、「やっぱり来なくて良かったんだ」と自分を納得させたかったのだ。諦めた自分を正当化するための材料が欲しかった。

だが現実は残酷だ。「こっちは住みやすいよ、仕事も、人も。そして何より、ここのゆるさも」彼の口から出るのは、かつての僕が夢中で語っていたのと全く同じ、この街への賛歌だった。

目の前の彼が喉を鳴らすのは、輸入品で割高なサッポロビール。一方、僕の手にあるのは安く手に入るタイガービール。睡眠薬の影響で、数ヶ月遠ざけていたアルコール。久しぶりの酒は、喉を鋭く焼く味がした。
彼が口にするサッポロのラベルが、直視できないほど眩しく見える。同じテーブルに座っているのに、僕たちの間には、地図にはない深い谷が穿たれているようだった。

彼が眩しいのではない、僕が勝手にくすんでいるだけだ。


イスラム圏のこの国は、アルコールはかなり割高だ
休職中の自分にはかなり痛い

アルコールが回るにつれ、右手の骨折が疼き出す。酔いに任せて、僕は白状した。仕事で壊れたこと。眠れない夜のこと。そして、この街を嫌いになるために今日ここへ来たこと。全てを吐き出し、彼の軽蔑を待った。

「でもさ、お前が頑張ってたから、俺もここにくる勇気がでたんだよ」

その言葉は、救いであると同時に、何よりも鋭利な刃物だった。僕がゴミ箱に捨てたつもりでいた「かつての自分」が巡り巡って、目の前の彼を支える柱になっていた。僕が欲しかったのは「お前は来なくて正解だった」という免罪符だ。それなのに突きつけられたのは、「お前は光だった」という事実。
今のボロボロの自分との落差に、吐き気さえした。

「…そっか。ありがとう。」それ以上言葉は出なく、話は学生時代の話題に戻った。一杯1000円、今の身には痛すぎる値段のビールで、喉の奥の惨めさを強引に流し込む。僕は彼のように戦えなかった。

誰かの光であり続けることもできなかった。ただ右手の骨を折り、心を壊し、過去の栄光の残り香を嗅ぎ回っているだけの男だ。

店を出ると、2019年と同じ生温かい夜風が全身にまとわりついた。
「次はお盆に日本戻るから、またみんなで飲もうな」
あの頃と変わらない笑顔で手を振る彼が、直視できないほど眩しかった。


一人、アルコールで熱った体とともにクアラルンプールの夜を歩く。
電気が消えたビル街の中に、この都市を象徴するペトロナスツインタワーが不機嫌なほどに輝いている。かつて自分が「自分の未来」だと信じて疑わなかったその巨塔は、今の僕など見てもいないのだろう。

結局、僕はこの街を嫌いになることに失敗した。
それどころか、自分がどれほどこの街に未練タラタラで、どれほど「あの頃の自分」に執着しているかを思い知らされただけだった。

「…ダサい」独り言が生温かい夜空に消える。

でも、不思議と嫌な気分ではなかった。無理に嫌う必要もない。決別なんて、格好つける必要もない。この未練も、彼への嫉妬も、自分の情けなさも。まだ完治しない骨折のように、鈍い痛みを抱えながら、連れていけばいい。


翌日、僕はあえて、かつて住むはずだったエリアを歩いてみた。2019年の僕が、期待を膨らませて調べていたコンドミニアムだ。

以前の僕なら、そこを歩くたびに「もしあの時…」という毒のような後悔に襲われていただろう。けれど、昨夜、親友の前で「ダサい自分」を全て吐き出したからか。目の前の街は、ただの「異国の知らない街」としてそこにあった。

特別な場所でも、呪われた場所でもない。湿った風が吹き抜け、相変わらずバイクと車の騒音が響いている。僕がいなくても、この街は一秒も止まることなく、呼吸を続けてきたのだ。

その無関心さが、今の僕には安心できるものだった。

結局、僕は数日間この街に留まった。観光地を巡るわけでもなく、ただかつての自分が憧れた日常の端っこを、右手の不自由な男としてなぞってみただけだ。

クアラルンプールは、僕を許しも突き放しもしなかった。圧倒的な無関心さで、僕を群衆の一人に戻してくれた。

それだけで、十分だった。

続く..



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