もっと深く

涙の味

汗の味

舌の味

あなたの味

私の味

変わらない、ずっと一緒

一番安心する

部屋が曇っていく

窓ガラスから雫が垂れる

ぽとり、と落ちたその瞬間

確かめあって、溶けていった

電気はつけない

蒸し暑い夏の夜

寝苦しいこの季節

それでも体温を感じたいのだ

その確かめ方しか知らない

誰かを理解するというのは受け入れるということ

私は何度も、何度も、重ねて、失敗した

きっとあなたとも失敗する

三度目の夜だった

最低限の服を纏ってベランダに出る

お先に、とでも言うように彼は手をあげ、夜に耽る

煙草、に見せかけてココアシガレットを咥えている

そんな彼が面白くて愛おしい

またやってる

私は手を伸ばす

彼から一本受け取った

これじゃあ脳が麻痺しないのにな

そう思いながら口元にもっていく

彼は私が喫煙者なことも知らない

もちろん私も、彼の体温と、この癖しか知らない

甘っ

私は口から離す

これが一番美味いんよ

にやりと見せつけながら二本目に手を出す

これ、あげる

私は彼の口に無理矢理押し付けると、困った顔で二本同時に吸っていた

それがやっぱりおかしい

愛おしいと心で繰り返す

なんだよ

とも言いたそうに唇を動かしている

無視して私はベッドに腰掛ける

この部屋はいつだって変わらない

それなのに出入りする人は次々変わっていく

こだわりがない、と言えばそれまでだった

そして執着もない

ドライで、夜風が気持ちいい程度の関係

深入りしないのが好きで、ルールだった

だから、本当に何も知らない

煙草が恋しくなってくる

やっぱりさっきのココアシガレット、貰っておけばよかったな

口元の寂しさから何度も唇を舐めてしまう

満足したのか、彼が部屋に帰ってきた

もうここからの景色、見飽きたでしょ

私は抱きつく

んー、面白いよ

彼の手が私の背中にまわる

大好きなあたたかさ

人からじゃないと受け取れない温度

チリチリとゆっくり焼かれているように感じる

もう顔は意識して見ない

ゲームを終わらせたくないから

次で最後だろうな

そんな予感が全身を巡った

でも、不思議

私、なんだか、覚えていたいみたい

心に火がぽっと灯る

理由をつけて残しておきたかった

あのさ

うん?

彼の甘い声

そして甘い息

ココアシガレットに火が移る

私のこと思いっきり噛んでよ

え?

困惑していた、いや、困惑している

キス、じゃなくて?

うん、と言って二の腕を見せる

歯が覗く

優しく、深く入り込んで、痛い

きっとこれが失恋の味なんだろうな

瞑る目に力が入る

じゃあさ、俺にも

彼が二の腕を伸ばす

遠慮せず、思いっきり噛んだ

痛っ

彼が一瞬で腕を引く

なあに、面白くないの

私はぷい、と拗ねる

ごめんって

もう一度私を抱きしめる

その手が真っ直ぐ頬に触れた

俺、こんなことしなくても忘れないよ?

ああ、やっぱり

彼が言葉を紡ぐのを待っている

私が忘れちゃうかもしれないから

そんな言い訳

次でこの関係は終わる

予感、というか、そういうものだから

んー、じゃあさ、とびっきりのことしよう

彼は私を再びベランダに連れ出す

ココアシガレットを二本取り出した

一本私に渡す

そして真似をしろ、と目で訴えている

私はココアシガレットを咥え、目を瞑る

ちょん、と先端が触れ合う感覚がした

びっくりして落とす

じゃーん、シガーキス

一丁前に二本の指で挟みながらいたずらに笑う

本物はこんなに甘くないよ

私は茶化し、誤魔化した

ぬるい、湿度を感じる

俺、東京行こうと思うんだよね

彼が遠くを見つめている

ふうん、いいじゃん

私も彼が見ている方を見つめてみた

だからさ、次が最後

頭の上に手がぽんと乗る

わしわしと撫で回す

受け入れた私の心が叫んでいる

好、

そう言いかけて塞がれる

甘い、甘い、ココアの味

知らない感覚

じゃ、帰るわ

彼はそそくさと服を着て部屋を出る

待って

ごめん、またね

私はひとり取り残された

噛み跡を見る

ココアシガレットを噛んでいたその歯

甘く広がる残り香

もう少し酔っていよう

私はベッドに飛び込む

今度こそ本当に好きだったのにな

まあ、気のせいか

日常は回っていく

私は振り出しに戻る

サイコロを振るように次の相手を探す

あ、この人いいじゃん

迷わずいいねを押す

次はどんな香りになるのだろう

ふっと、楽しくなる

もう忘れて、私は次の新しい匂いを探していた

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