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50代になった今だから話せる。30代で離婚を考えた私が、宮古島で人生を変えた話(1話)

人生には、「あの時、あの人に出会っていなければ、今の自分はいなかった」と思える出来事があります。

私にとって、その出来事が起きたのは30代の頃でした。


当時の私は、人生で最も苦しい時期を過ごしていました。
原因は、親の介護です。


介護そのものがつらかったわけではありません。


一番苦しかったのは、そのことで妻との考え方が大きく食い違い、毎日のように衝突を繰り返していたことでした。


「もう離婚したほうがお互いのためなのかもしれない…」
そんなことを本気で考えるほど、追い詰められていました。


しかし、その頃には3歳になる息子がいました。


私は息子が何よりも大切で、心から愛していました。
離婚すれば、息子と離れて暮らすことになる。


その未来だけは、どうしても受け入れることができませんでした。


離婚したい。
でも、子どもとは離れたくない。

答えの出ない葛藤を抱えたまま、私は何か月も苦しみ続けていました。



そんなある日、一人の友人から突然連絡がありました。
「宮古島から知り合いが来ているんだけど、一度会ってみない?」


特に深く考えず、「少し気分転換になればいいかな」という軽い気持ちで会うことにしました。


そこで出会った人物が、私の人生を大きく変えることになります。

その人を、ここではMさんと呼ぶことにします。
話をしているうちに、私は初めて知りました。


Mさんは「ユタ」だったのです。

ユタとは?

「ユタ」とは、沖縄で古くから受け継がれてきた民間の祈祷師・霊能者とされる存在です。

簡単に言えば、

「目には見えない世界と、人との橋渡しをする人」

と言われています。

相談内容は人それぞれですが、

・先祖供養について
・家族関係の悩み
・原因が分からない不運や体調不良
・土地や家のこと
・人生の進むべき方向

など、さまざまな相談を受けているそうです。

当時の私は、正直なところ「ユタ」という存在をまったく知りませんでした。


私はMさんに、これまで抱えてきた苦しみをすべて打ち明けました。


すると、返ってきた言葉は意外なものでした。
「今は相談に乗れない。」


私は思わず、
「えっ?ユタなのに、どうしてですか?」と聞き返しました。


するとMさんは静かにこう話してくれました。
「実は親戚が亡くなったばかりなんです。


こういう時は40日間、ユタとしての力は使えないんですよ。」
そんな決まりがあることを、私は初めて知りました。


しかし、そのあとMさんは続けました。


「もし宮古島まで来られるなら、私の師匠を紹介します。」
その一言で、私の心は大きく揺れました。



宮古島…。


遠い。


旅費もかかる。


仕事も何日か休まなければならない。


そして何より、妻にどう説明すればいいのだろう…。
頭の中には、不安ばかりが浮かんできました。


その場では返事をすることができず、一度持ち帰って考えることにしました。


数日間、本当に悩みました。
そして最後に出した答えは、


「正直にすべて話そう」ということでした。


意を決して妻に事情を説明すると、意外にも反対はされませんでした。


「そこまで悩んでいるなら、行ってきたら?」
その言葉に背中を押され、私は一人で宮古島へ向かう決心をしました。


それから約3週間後。
私は宮古島行きの飛行機に乗っていました。


その時は、まだ知る由もありませんでした。
この旅が、私の人生を根底から変えることになるとは…。


そして、ここから想像もしなかった出来事が次々と起こり始めます。


私の人生最大とも言える、不思議で壮絶な物語の始まりでした。


続きは、次回お話ししたいと思います。

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