音のない世界
母の日に思うこと。
私の母は生まれつき耳が聞こえません。
普段の会話は手話ではなく、口話といって口の動
きを読みとりながらしています。
母は声が出せる(聾学校で発語の訓練を受けた)の
で、私は母の言葉を耳で聞きながら、母は私の口
元を読みとりながら話をします。
見た目は聞こえる人同士の普通の会話に見えるか
もしれません。
私も口話ができるので、内緒話などはお互いに
口パクだったりもします。
(こっそり話せてとても便利)
唇の動きだけでは読み取りにくいもの、紛らわし
い言葉も中にはあるので、時には手話も交えなが
ら。
といっても、私の手話は会話ができるようなレベ
ルにはないので、数字や単語、日常会話でよく使
う簡単なものだけですが、母と話していると無意
識のうちに手が動きます。
自分の母親が「聞こえない」ということをはじめ
て意識したのは、いつの頃だったでしょうか。
記憶を辿ってみてもはっきりとは思い出せないの
ですが、断片的に覚えているのは、まだ本当に小
さかった頃のこと。
テレビのニュース番組を母と一緒に見ていると、
「なんて言ってるのか、聞こえたことをそのまま
ママに教えてくれる?」と頼まれました。
幼い私にはニュースに出てくる単語や言葉の意味
はわかりません。
アナウンサーの口から出る、その呪文のような難
しい言葉を、私はただの「音」と捉えていまし
た。
聞こえた通りにそっくりそのまま繰り返して真似
をし、母に伝えたのを覚えています。
テレビには字幕も何も付いていない時代。
携帯もインターネットもまだない頃の話です。
電話を頼まれたり、お店で店員さんとやりとりを
したり、知らない大人と話すこと、説明したり
することは私にとって日常茶飯事でした。
大勢の人がいる場や、誰かのスピーチ、テレビ番
組、電車やバスの車内アナウンス。
「なんて言ってたの?」
いつ母に聞かれてもいいように、あとで内容を
教えてあげられるように。
相手の口元を読み取るのが難しい場面では、話の
要点やストーリーをわかりやすく簡単に説明する
ために、頭の中で内容をまとめながら見たり聞い
たりする癖がつきました。
母の代わりに電話をすれば、結構な確率で子供の
悪戯と間違われ、「おとなの人にかけてもらって
ね」と切られてしまい、ガーン…となったのも
よく覚えています。(今思えば、そりゃそう思われ
ちゃうよねと思います)
遠くから母のことを呼んでも気付かないので、ド
ンドン足踏みをしたり、テーブルをバンバン叩い
たり。ときには紙屑やゴミを投げて呼んだりした
り。(なんてお行儀の悪い…)
それがわが家の日常でした。

「どんな音?」
母からこう聞かれることがあります。
たとえば、気持ちのいい風が通り過ぎて
「チリン、チリン」と風鈴が鳴ったとき。
「どんな音?」
うーん…どんな音だろう。
「高くて、綺麗で、遠くまで響くような音」
「鈴と似てるけど、鈴の方は軽くてかわいらしい
感じ。鐘はもっと低くて、重みがあって…」
私が感じた音のイメージを説明します。
風鈴、鈴、鐘。
母にとっては全部が想像の中で作られる音。
違いがなかなかうまく伝えられません。
高い音。低い音。綺麗な音。賑やかな音。
私が説明した音が、母の頭の中でどんな風に奏で
られているのか。
いくら想像してみても、私が知ることはできませ
ん。
音のない静かな世界にいる母
どう伝わっているのかな
音が目に見えたらいいのにな
と思います。
どれだけ近い距離にいても、母のいる世界を本当
の意味で理解することはできないんだなと思いま
す。
でも、そこに寂しいとか、悲しいとか、悲観的な
感情はあまりありません。
「わからないものはしょうがないわよね」と、母
と笑い合って、そういうものとして受け入れて。
わりとあっけらかんとしています。
小学生の頃は母の耳のことで揶揄われたり、いじ
められたりすることもあり、母に学校に来て欲し
くなかったり、周りに知られたくなかったりと、
ネガティブな感情のオンパレードでした。
思春期には様々な理由で私はとても荒ぶっていた
ので、母とは度々激しく衝突し、長い間不仲が続
いたこともありました。
でも、大人になった今。
母といろんな話をします。
母が子供の頃の話。
聾学校の話。
服飾系の短大に通っていた頃のこと。
20歳のときに東京から北海道まで、何ヶ月もかけ
て一人旅をした話。
父との出会い。(旅先の北海道で出会ったそう)
地図を片手に歩き、ユースホステルに転々と泊ま
ったこと。
旅先から何日かおきに葉書を書いて、祖父母に無
事を知らせたこと。
父との結婚は周囲の猛反対を受けたこと。
船関係の仕事をしていた父が、航海のたび世界中
の港から手紙をくれたこと。
私が小さかった頃の話。
書ききれないほどの、失敗談や笑い話の数々。
私はそんな母の話を聞くのが大好きです。
好奇心旺盛で旅好き、山好きの母は50代目前で
運転免許を取ったり、英語の手話を習いはじめた
り。
70代の今も「やりたい、見たいと思ったら、なん
でも今すぐやったほうがいいわよ」とよく言いま
す。
たくさんの差別や偏見を受けてきたこと、辛い
経験も隠さずに話してくれる母。
昔から体が弱く、病院をいくつも掛け持ちしなが
ら持病も抱えているというのに。小さな体のどこ
にそんなパワーが潜んでいるのか。
母の行動力にはいつも驚かされてばかりです。
これからも母にたくさん会いに行こう。
たくさん話をしよう。
あらためてそう思う、母の日なのでした。

読んでいただきありがとうございました✨
