「よろしくね」の呪縛
先日読んだZINE『わたしは、まじめちゃん。』の目次は、驚くほど自分に思い当たる。そして、自分の周りにもいた。もしかして、あんなことしてたのは、まじめだったからなのかなと思う人が。母だ。
思い出したら書かずにはいられなくなった。
先読みしない。言葉の裏を読まない。
父方の伯母が、目の手術のために入院することになった。
名古屋から関東圏の病院へ。実家からも近くない。片道2時間はかかる場所だった。
伯母には、会社経営者の夫と成人した3人の子どもがいる。ただ、誰も関東圏には住んでいなかった。
後で知ったけど、当時、わが家はその伯母夫からお金を借りていた。
財力のある身内がいると、人はとかく頼りがちになるのだろうか。
父は5人きょうだいの末っ子だった。祖母からもきょうだいからも甘やかされて育ち、年の離れたお姉ちゃん(伯母)からは特に可愛がられていたようだ。
だから、伯母からお金を用立ててくれると言われた時、当然のように甘えたのだろう。
でも、その妻である母はかなり気兼ねしたのだと思う。
母は伯母の病院へ頻繁に通った。
そして、帰宅すると「疲れた、疲れた」と繰り返す。
母とこんな会話したことを覚えている。
私)そんなに疲れるなら、行かなきゃいいじゃん。頼まれたわけじゃないんでしょ。なんで、そこまでして行くの?
母)そうもいかないのよ。お金を借りてるんだから。
それに、お義兄さんにも言われたのよ。
「そっちで入院するから、よろしくね」って
それで、母は、自分がお世話しないといけないと思い込んだようだ。
お金借りている負い目が先走ったのか。
それだけ頻繁に通っていても伯母家族から労いも、感謝の言葉もなかったらしい。
伯母からも当然のように小間使いのような扱いをされて、だんだんアホらしくなってきたのは、いつものことだった。
私は、最初から予想していた。
そのうち母は嫌な思いをして、
帰ってきてからさんざん文句を言うだろう、と。実際、そうなった。
でも、伯母家族からすると、母がそこまで通い詰めるとは思っていなかったらしい。片道2時間かかるとかそんなことも知らず、「そっちで世話になるから、お見舞いとか来たってな」
程度の挨拶にすぎなかったと、後で父から聞いた。
ちなみに私は一度も見舞いなど行かなかった。
そもそも、お金を借りているからって、病院の世話まで引き受ける必要あったのか。
母は、
「お義姉さんだから」
「お金を借りているから」
「よろしくって言われたから」
だから私がやらなきゃと、
自分の中で理由を積み重ねていったのだろう。
さらに小姑(伯母)から「いい嫁」だと思われたかったのだろう。これは私の予想。でもこれが一番の理由だったのかもしれない。
そして、気づけば、自分で自分の首を絞めていた。
この行動も母の「まじめさ」なのだろうかと、『わたしは、まじめちゃん。』を読んで改めて思う。
母は、その時のことだけでなく、どれだけ父方親戚から嫌な思いをさせられたかを、いまだに言い続けている。
もう対象者たちはほぼ他界しているんだけどね。
