見出し画像

【mixi2にて】26/04/28 ゼノブレイド3のエンディングの貧困さと、シリーズを通した豊かな楽曲ついての省察

竊かにおもんみれば。以下自身のmixi2からの引用。

ゼノブレイド3というゲームを、未だに消化出来ていない。正直、あの終わり方をしてしまった以上、ゼノ4なる作品はもう創れない気がする。

ただ、ではゼノ3が駄作かと言われると、きっと、それもまた違うんですよ。「周回しようとは思えない」という感覚がある。でもそれは秘かにゼノ3を恐れているからなんですよ。

26/04/28昼 mixi2より T.A

正直ゼノブレイドという作品は1〜3まで全て、エンディングは微妙だと思っている。

ただそれでも、最も納得いかない、「これでハッピーエンド扱いか?」という疑問が残る、つまり不自然なのが3なんですよ。

あれでハッピーエンドならもうなんでもハッピーでしょう。でもあれを幸せだと思えないのが人間でしょう。

26/04/28昼 mixi2より T.A

ゼノブレイド3は私に言わせれば「強がり」な訳ですが、うーん、あそこで強がらず、もっとN辺りの弱さに焦点当ててもよかったなぁと思うし、何より、「3のエンディング的なもの」って、Nやシャナイア的なものをガン無視・置いてけぼりにしたエンディングでしょう。あれではまた歴史は繰り返しますよ。

26/04/28昼 mixi2より T.A

「神を斬った」のが1のエンディングで、2はもう少し複雑なので割愛しますが、要は「神無き後」の世界が3(=戦争ばかり起こる)ですから、それへの処方箋として「強くならねばならない」というものが3のエンディングという形で出されたのだとするならば、やはりちょっと貧困な世界観だよなぁと思う訳です。

26/04/28昼 mixi2より T.A

やはりここでも「マッチョとマッチョイズムは違う理論」が登場する訳ですが、

3はかなりマッチョイズム寄りの作品で、マッチョイズム的ガッツポーズでストーリーが終わるあの光景を眺めていて(眺めるしか出来ない)も、「あ、そう」で終わってしまうのですよ。Nやシャナイア的なヨワヨワ人間工楽としては。

26/04/28昼 mixi2より T.A

私は確かにゼノブレイドが好きだし、何なら人生観・世界観的影響をゼノブレイド・高橋哲哉から受けている・受け続けていますが、ことによると、影響として大きいのは、ストーリーや登場人物というより、ゼノブレイドの音楽なのかもしれないと思う。

ゼノブレイドの音楽は基本的にどこか、虚しい哀しい。

26/04/28昼 mixi2より T.A

虚しい哀しい、人間存在の弱さや小ささに寄り添ってくれる、そんなゼノブレイドの音楽が好きなのだろうなぁ。

というか、基本的に躁鬱ホイホイなのですよ。めちゃくちゃ神秘的な音楽のフィールドで、いきなり強敵が出てきてエレキギターの音楽とか流れ始める訳ですから。躁鬱的人間には基本的に刺さる。

26/04/28昼 mixi2より T.A

夫れ、釈迦に説法也。まさに我、恥ずべし、傷むべし。

工楽ノ佑




いいなと思ったら応援しよう!