NONの正体。
未来の自分に会いに行ったら、知ってる顔をしていた。
先日、副業系のYouTubeを見ていたら、ちょっと面白そうな特典がついてきた。
「理想がぜんぶ叶った未来の一日」を描いてみる、というものだった。
せっかくだから、やってみることにした。
どうせ書くなら、今とはまるで違う暮らしを想像しよう。そう思っていた。もっと派手な景色が出てくるはずだった。
書き上げて、少し寝かせてから読み返した。
あれ。
これ、今とそんなに変わらなくないか。
宮古島の家。Mちゃん。しっぽん。海。絵本。文章を書くこと。木工。本。ビール。旅。並べてみると、ほとんどが今すでに手元にあるものだった。
せっかく未来まで飛んだつもりで、思ったより遠くへ行けていない。自分で書いておいて、少し拍子抜けした。
でも、そこがどうやら面白かった。
未来の一日を、少しだけのぞいてみる。
朝、頬を風になでられて目が覚める。隣でMちゃんが寝ていて、足元にはしっぽんが丸くなっている。夜の巡回から帰ってきたばかりらしく、毛には外の匂いがうっすら残っている。背中に触れると、ちゃんとした体温がある。台所でコーヒーを淹れて、納豆を出す。特別なことは何も起きていない朝食だ。
昼は、家から歩いて行ける小さなファクトリーで過ごす。絵本を書き、昨日の文章を読み返し、言葉をひとつ削って、別の言葉を置く。午後は木を切って、棚をつくる。寸法が合わなければ、削って直す。一度で完璧にはいかない。
夕方は海へ行く。ビールを一本、本を一冊持って。読んでは海を見て、また本に戻る。台湾か韓国か、ベトナムか。旅の予定も、頭の隅で少し膨らんでいる。
家に戻ると、しっぽんが玄関の近くで待っている。待っていたとは絶対に認めない顔で。
カラフルベンチで晩酌をして、一日が終わる。

書いていて気づいたのは、これがほとんど「今」だということだった。
宮古島にはもう住んでいる。Mちゃんもしっぽんもいる。文章もずっと書いている。絵本もひとつ、形にした。木工も好きでやっている。海も本もビールも、今すでに好きなものたちだ。
じゃあ、未来にあって今にないものは何だろう。
しばらく考えて、ひとつだけ見つかった。
時間の主導権だ。
未来の自分は、今日は文章を書く、今日は木を触る、今日は海へ行く、というのを自分で決めている。会社が悪いという話ではない。決められた時間の中で、与えられたことをやる。それが嫌だったわけではない。
ただ、何をするかを自分で選べる時間を、もう少し増やしたい。それくらいの、わりと静かな願いだった。
でも、違うのは本当に時間だけなのか。
もう一度、未来の一日を眺めてみる。

未来の自分も、文章を直している。言葉を削っている。木を切って、寸法が合わなければ削って調整している。棚をつくり終えても、明日は絵を仕上げようか、色を塗ろうか、次の旅を探そうかと、もう次のことを考えている。
理想がぜんぶ叶った未来でも、自分は何かを完成させて満足して終わる人間ではないらしい。
ずっと、今あるものをもう少し良くしようとしている。
そういえば。
今書いている『遠回りの、レシピ。』も、たぶん完成しないような気がする。
連載を終わらせられない、という話ではない。区切りがついても、その先でまたきっと何か始めてしまう。絵本をつくる。木を切る。旅に出る。猫との暮らしから、また何か見つけてしまう。
遠回りしながら、面白そうなものを見つけて、拾って、暮らしに加えていく。たぶんそのこと自体が、遠回りの、レシピ。なんだと思う。
完成したと思ったら、また何か始めてしまう人らしい。困ったものだ。
これには、少し覚えがある。
以前、自分はいったい何者なのかを考えたことがある。料理人なのか。文章を書く人なのか。絵本をつくる人なのか。DIYをする人なのか。どれも間違ってはいなかった。でも、どれか一つでは足りなかった。
そのとき出てきた言葉が、
「暮らしを編集する人。」
だった。
可能性を見つけて、それを育てること。そんな言葉も、そのとき一緒に出てきた。
今回は、まったく別の方向から自分を眺めたつもりだった。理想の未来の一日を、遊び半分で書いただけだ。それなのに、そこにいた未来の自分も、結局は同じことをしていた。
前は言葉から自分を探した。今回は未来の暮らしから自分を探した。別々の道を歩いたのに、同じ場所にたどり着いた。
理想の未来というのは、遠くにある完成品ではなかったらしい。
今あるものに、何かを足したり、削ったり、直したりしながら暮らしていく。たぶん未来でも、きっと同じことをやっている。
さて。明日は何をやる?
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