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遠回りの、レシピ。#8「そそのかされた人たち。」

予選会場の一番後ろで、横一列に並んだ。

横断幕を掲げて、声を張り上げた。「がんばれー!」

約250組の出場者が、次々とステージに立っては消えていく。うちの店の常連が出る番になると、20人の声がひとつになった。

NHKのど自慢研究会。略してNNK。ふざけた名前だ。でも、みんな本気だった。

きっかけは、Mちゃんの子供の頃の夢だった。「のど自慢に出た人を、横断幕で応援したい」。本人も忘れかけていたような夢を、地元にNHKのど自慢がやってくると知った日に、ふと思い出した。

夢を叶える方法は単純だった。出る人がいなければ、出す人を作ればいい。

カウンターに、声のいい常連さんがいた。友達とふらっと飲みに来るような、ごく普通のお客さんだった。でも、その声だけは普通じゃなかった。

「歌、うまいよね」
「出ちゃいなよ、のど自慢」

Mちゃんがそう言った。最初は笑って流していた。でも、何度も言われているうちに、その気になった。

それが、始まりだった。

一人が出れば、応援したくなる。応援するなら、目立ちたくなる。横断幕を作ろう、という話になった。

Mちゃんが大きな文字を書いて、その周りにみんなで好き勝手に書き込んだ。星、ハート、意味のない落書きみたいな絵。折り紙で花も作って貼り付けた。出場する人はカラオケに行って練習した。応援する側も、なぜか一緒に練習に付き合った。

年に一度の大会に、うちの店からは毎年5〜6組が出た。多い年は20人が予選会場に集まって、一番後ろで横一列になった。

NONも出場した。2回目からは、毎年欠かさず出た。ある年は8組が予選に出て、3組が本選に進んだ。本選はテレビの中継が入る舞台だった。20組しか選ばれない中の、3組だ。

超盛り上がった。

そそのかす、というのはこういうことだと思う。

その人の中に、もともとあったもの。Mちゃんの子供の頃の夢も、常連さんの声も、最初からそこにあった。ただ、誰も声に出していなかっただけだ。

それを、横から少しつつく。「出ちゃいなよ」。その一言で、動き出すことがある。

古民家をセルフビルドで直していた夫婦がいた。

最初にお客さんとして来たのがいつだったか、正確には覚えていない。仲良くなったきっかけは覚えている。ある日、旦那のTさんが言った。「Cちゃんの誕生日パーティー、貸し切りでやりたいんだけど」。Cちゃんには内緒の、サプライズだった。

それから、二人はよくカウンターに来るようになった。

ある時期、ぱったり来なくなった。しばらくして、また現れた。「山奥に、古民家を譲ってもらえたんです」。仕事は全然別の職業なのに、二人でその家を直し始めていた。

床を貼っている。壁を塗っている。来るたびに、そんな話を聞いた。

ある夜、ちょうど2階の床を貼っている話で盛り上がっていた。Mちゃんと4人、カウンターであーだこーだ話しているうちに、Mちゃんが言った。

「ゲストハウスやれば」

うちの店は沖縄が好きで、泡盛だけは種類を揃えていた。だから、旅先で人を泊める場所にも、もともと興味があった。二人の反応は、乗り気だったと思う。

そのあと、本当にゲストハウスを始めた。

きっかけは、たった一言だったかもしれない。でも、それだけで人生が動くわけじゃない。

古い家を直しながら、少しずつ育っていたもの。人を迎え入れたいという気持ち。それは、もともと二人の中にあった。自分たちがしたのは、それに気づいて、軽く言っただけだ。

「やっちゃえばいいじゃん」

お~くぼ食堂は、料理を出す店だった。

でも、カウンターに座ると、なぜか本音がこぼれる夜があった。まだ形になっていない話。本人もまだ、はっきり言葉にしていない話。それを聞いた誰かが、無責任に言ってしまう。

「それ、やってみたら?」

店を閉めて、宮古島に来て、しっぽんと暮らすようになった。noteにしっぽんのことを書いているうちに、ネットのどこかで、誰かがそうしているのを見たのか、聞いたのか、もう思い出せない。でも、ふと思った。「絵本にしたらどうだろう」。

お~くぼ食堂は、もうない。

でも、あの横断幕も、あの床を貼っていた古民家も、たぶん今もどこかにある。

そそのかされて、始めたことがある。そそのかして、始めさせたことがある。


気がつけば今、宮古島で猫の絵本を作っている。

それ、やってみたら?

今日もまた、誰かにそう言ってしまう気がする。

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NON|食と暮らしの料理人 読んでくれてありがとうございます。チップは今後の記事を書き続けるための資金にします。宮古島からぼちぼち書き続けます。