「自分、何やってんだろう……」って思ったときに|頭の中で、2人の自分が会議している
「自分、何やってんだろう……」
そう思いながら
この記事を書き始めるも
もう数週間以上経っています
何かを表現したい
下書きもいろいろ書いてみる
でも、なぜか書き上がらない
書いては消して
考えては「なんか違う」となる
自分でも
何に引っかかっているのか
うまく言葉にできない…
これ自体が
今の自分を表しているのかもしれません
▶︎復職してから3ヶ月経って
あの場所へ戻ってから3ヶ月が経ちました
仕事の状況はそれほど変わっていません
振られるのは主に補助的な仕事
責任を負うこともほとんどありません
「本当にこんなのでいいのかな?」
でも、今のゆるやかな復帰は正直ありがたい
いきなり以前と同じように仕事を抱えるより
今くらいのペースでぼちぼちやれている方が
自分には合っています
仕事でバリバリ活躍したいわけではありません
プライベートも家事やサードプレイス活動など
いろいろとやりたいことはいっぱいある
仕事よりもそれ以外の人生を大切にしたい
そう思っています
そう思っているはずなのに…
少し状況が安定したからなのか
余計なことが頭の中に浮かんできます
目の前の出来事に精一杯だったときには
考える暇もなかったこと
「自分は、どう生きたいんだろう?」
▶︎「ぼちぼちでいい」と思っているのに
ここが、自分でもよく分からないところです
休む間も惜しむぐらい
今の仕事に全力で打ち込めば
もっと仕事を引き受けることもできる
でも、そうしたいわけではない
「身体に過度な負荷はかけたくない」
「仕事に人生を持っていかれたくない」
「仕事以外にもやりたいことがある」
だから「ぼちぼちでいい」と思っている
なのに「ぼちぼちでいい」自分がどこか許せない
「もっとできるのになぜやらないのか?」
「安定にあぐらをかいているんじゃないか?」
「挑戦から逃げているだけなんじゃないか?」
そんな自分もいます
でも、一方で
「いや、別に今の仕事をしたいわけじゃない」
「自分の人生を仕事以外のことにも使いたい」
という自分もいる
どうやら自分の中には
相反する2人の自分がいるようです
▶︎「仕事をしたい」のではなく「不安を減らしたい」
それは、今の職場での行動にも表れています
仕事に関連した資料やマニュアルを読む
これまでのやり取りや経緯を調べる
周りのスタッフを俯瞰して眺める
仕事に前向きに取り組んでいる
ようにも見えます
でも、少し違う
仕事がしたいからやっているわけではない
「突然、大量の案件を持たされたらどうしよう」
その不安を減らすために先回りしている
仕事への意欲というより
不安の回避に近い
自分から無理に仕事を取りに行かなくてもいい
別に上司に委ねてもいい
ある程度受け身で指示を待つ方法だってある
ぼちぼちやるというのも
自分なりの働き方の選択なんだと思います
でも…
▶︎どこにでも「2人の自分」がいる
仕事だけではありません
noteでもそうです
「もっと積極的に交流したい」
「スキやコメントをしていろんな人とつながりたい」
「記事を書いてもっと多くの人に知ってもらいたい」
そう思う自分がいる
でも、一方で
「情報が多すぎてついていけない」
「そんなに交流するエネルギーがない」
「記事を書きたくても言葉が出てこない」
と思う自分もいる
家事もそうです
掃除、洗濯、料理、買物
一人でマイペースにやるのは
それほど嫌いじゃない
むしろ好き
ちゃんとやりたい
でも
「やることが多すぎる」
「今日はやりたくない」
「ちゃんとやらなくてもいいのでは」
とも思う
やりたいこともある
やらなきゃいけないこともある
とにかく時間がない
その一つひとつに
「やりたい自分」と「やりたくない自分」
「頑張りたい自分」と「頑張りたくない自分」
「人とつながりたい自分」と「一人でいたい自分」
いろんな「2人の自分」がいるようです
▶︎「何やってんだろう」の正体
そう考えると
「自分、何やってんだろう……」
の正体が少しだけ見えてきます
自分は何もしていないわけじゃない
むしろ、いろんなことをやっている
ただ、そのたびに自分の中で
「こっちがいい」
「いや、こっちだ」
と、小さな会議をしている
仕事をすれば
「もっとやれるだろう」
「いや、やりすぎるな」
noteを開けば
「もっと交流しよう」
「いや、情報が多すぎる」
家事をすれば
「ちゃんとやろう」
「いや、めんどくさい」
そんなことを
一つひとつ考えている
脳みそは一つしかないのに
何人分もの思考を繰り返している
何もしていないように感じるのに
なぜか疲れている
それも少し分かる気がします
▶︎答えを求めているつもりはないのに
自分は「人生の答えを見つけたい」と
思っているわけではありません
「これが正しい生き方だ!」
なんて言うつもりもない
それなのに何かをやった先には
いつも「結果」を求めているような気がする
仕事なら成果
noteなら読まれることや反応
何かを頑張ったなら
成長したという実感
それだけじゃない
「自分はちゃんと生きている」
と思える何かが欲しいのかもしれません
結果や成功体験を積み重ねれば
「これでいいんだ」
「自分は大丈夫だ」
と思えるんじゃないか
そんなふうに
いつの間にか「これでいい」と思える
根拠を探している
▶︎「今」を生きたいのに「その先」を見ている
もしかしたら自分は
2つの時間軸を
生きているのかもしれません
「今はこれくらいでいい」
と思っている自分と
「このままで大丈夫なの?」
とその先を心配している自分
「今日はこれをやろう」
と思っている自分と
「もっと先のことも考えないと」
と思っている自分
今を生きたいと思っているのに
同時に少し先の未来を見ている
そのうえ2人の自分が
それぞれ違う方向を向いている
そりゃ、脳みそも忙しい
一つの身体の中に
何人分もの思考があって
「あっちだ」
「いや、こっちだ」
と、ずっと会議をしている
そんな状態では
感情だってなかなか落ち着かない
▶︎この記事が書けないのも、同じだった
そして、この記事を書いているときも
やっぱり2人の自分が出てきています
「ちゃんとキレイにまとめたい」
「読んだ人が何かを得られる文章にしたい」
そんな自分がいる
でも、一方で
「別にキレイにまとめなくてもいい」
「今感じていることをそのまま書けばいい」
「何を書いているのか分からなくてもいい」
そんな自分もいる
だから、書いては止まる
考えては消す
「これじゃない」
と思って、また考える
気がつけば
この記事を書き始めてから数週間…
なるほど
そりゃなかなか
書き上がらないわけだ(笑)
▶︎結局、自分は何がしたいんだろう?
ここまで考えてみても
結局、自分が何をしたいのかは
まだよく分かりません
「こうしたい」と思う自分と
「いや、そうじゃない」と思う自分
どちらが本当の自分なのか
どちらも自分なんだと思います
整理できていない
矛盾している
迷っている
それも含めて
今の自分という人間
これまでも
何度も同じような落とし穴に
ハマってきました
「またここか」
と思うこともあります
それでも、いつの間にか
その穴から這い上がってきた
そして、また歩き始めている
だったら今回も
きっと、いつか這い上がってくるんでしょう
そう思えるくらいには
自分のことを信じてあげても
いいのかもしれません
▶︎今日は、ここまで
結局、今回も
きれいな答えは出ませんでした
でも、出なくて当たり前
今の自分が
どんなことを考えていて
どんなふうに迷っていて
どんな2人の自分がいるのか
それが少し見えただけも
今日は十分
もう少し時間が経った時に
もう一度振り返って記事にできるといいかな
また明日から
ぼちぼち過ごしていこうと思います
