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働く理由、「利用者のため」という用意された言葉に隠れているもの

前回は、就職活動と希望とは違った最初の配属について書きました。
望んでいた分野ではない場所で、社会人生活が始まりました。

ずっと、要所要所で考え続けている問いがあります。

「何のために働くのか」


期待していた配属前の気持ち

原点は「言えない人の代弁者になりたい、周りとの橋渡しになりたい」という思いからでした。
通訳者、のイメージが近いかもしれません。

もともと療育の分野で働きたいと思ったのも、幼少期の関わりの中で、
子どもたちの気持ちや困っている思いを汲み取って、
困りごとを解消する役割になりたいと思ったからでした。

それができる場所は、障害児教育の教員だと思っていた学生時代。
でも、そこだけではないと自分の視野が広がった大学でのサークル活動。

知的障害や自閉症、ダウン症のある子どもたちと、
一緒に時間を過ごしていた場所です。
小学校3年生〜中学校3年生までのお子さんを対象としていたので、
その当時は放課後等デイサービスはなかったのですが、それに近い活動でした。

毎月親ボラさん2名と学生のみで、公共機関を使い外出をする。
毎週ミーティングを行い、一人一人の障害特性や関わり方について、方向性について振り返りを行う。
反省や次回の企画立案、準備、担当決め、前月の活動内容を入れたお便り
かかった交通費などの精算…
夏休みには、小学校の体育館を借りて毎日活動する。プールにも行くし、宿泊の合宿もする。

それらを教員なしで、学生と親ボラさんのみで運営する。

その熱量高く行ったサークル活動が、今度は仕事としてできる。
今まではボランティアだったが、同じことをするだけでお給料がもらえる!

そう言ったワクワク感に胸を躍らせていました。

志望動機とは違うけど…

最終面接で一番権限のある方から
「あなたはサークルの話をする時が一番いい顔をする」
と言われたこともあり、勝手に療育部門へ配属されると根拠なき幻想を抱いていた私でしたが、見事に覆ります。

事前リサーチすらしていなかった更生施設(当時の分類※今は「生活介護」)への配属でした。

療育が配属先から外れたとしても、別の相談部署や児童の入所施設に配属されるものだと思っていたのです。

働きたい部門ではないまま、新人としての業務が始まりました。
業務の説明と合わせて任されたのは、私が入社する前の記録作成でした。

前年度からの持ち上がりのメンバーで、和気藹々とした、仲の良さそうなチームでした。

大学から新天地に出てきて、土地勘もなく、大学の友達もいませんでした。
学んだことと現実が違うことに、混乱していました。
孤独感はより強まっていきました。
それを言える相手も、弱さを見せられる自分もいませんでした。

そんななか、
ある利用者さんとの関わりが私のそんな防衛の壁を崩してくれます。

「〜ちゃんの、◯◯」
イタズラな笑顔いっぱいに声をかけてくれ、
替え歌のように歌いながら、私との時間を楽しんでくれる。

「(私)と過ごすときの(利用者)さんは、一番楽しそうで(利用者)さんらしい(らしく過ごしている)」
と先輩に声をかけてもらいました。

職員に心を開けていなかった私は、利用者さんとのやり取りの中で、私らしさを出せる時間があった。これまで利用者さんを見てきた先輩からそう言ってもらえた。

素直に嬉しい一言でした。
私がここにいられる理由を見つけられた気がしました。

この利用者さんの一番の味方でありたい
一番頼られる、信頼される人でありたい

そして、そこから自分にも余裕が出てくると
生活介護で出会う利用者さんたちは、
あの頃、一緒に過ごした子どもたちの、未来の姿なのかもしれない。

その思いにつながっていきました。

「利用者のため」に縛られた日々

「何のために働くのか」

よく職員同士で話していたり、上司から打ち合わせで問われた質問です。
「お金のために」と答える人は、ほとんどいませんでした。
そして、そう言う人は周りの評価としてもよく思われませんでした。

「利用者のために」「誰かの役に立ちたい」
そういった回答が好まれました。

私も、当然のように「利用者のため」と答えていました。
面接で準備する模範解答をそのまま答えていました。

けれど、今思うのは、「利用者のため」という言葉に、
どこかおこがましさがあるのではないか、ということです。
支援している側が、支援される側より上にいるような構図を、
無意識に前提しているように感じてしまう部分があります。

また、その質問や会話自体が、評価されている、と感じていたこともあります。

そして、そう答えることは
ボランティア精神を大事にしている、と宣言しているようなものでした。

「利用者のために」という言葉をつければ、サービス残業は当たり前。
そんな空気が、確かにありました。
むしろ、どれくらい自分の時間を費やせるのか、それを示すことで評価されていたように思います。

今、振り返れば、時代的な部分もあると思いますが、未熟だったと思います。さまざまな経験、時代の変化を経て、今は自分の時間を犠牲にする働き方は違うと思っています。

まさに「やりがい搾取」を長期間されていたと思います。

ただ、それを自ら望んでいた現実でもあります。
そして、そうは言っても、現場はそうしないと回らない。
支援を提供しようとするなら、自分の時間をかけるしかない。
この思いもまだあります。

新人の頃、先輩から「共働きでなければ家は買えない」と言われたことがあります。福祉業界で高収入を目指すのは簡単ではない、と。

「お金を稼ぎたいのなら、福祉じゃなく、別の仕事を選ぶべきだ」
そんな会話も、繰り返し交わされていました。

その通りだと思っていました。
成果や評価を求めるのなら、そもそも目的が違うのではないかと。

「好き」も「辞めない」も、根っこは同じ

「好きを仕事にする」という言葉を、よく耳にします。

好きだから仕事に選んだけれど、
現実は好きだけでは務まらなかった、という話もよく聞きます。

好きなことをするには、その裏側には何倍も好き以外の業務をこなさなければならない。
その比率が、好きを仕事として継続できるのか重要な部分かもしれません。

「好き」という気持ちは、続けていくための力になります。

「好きなんだから、多少の無理は当然」
自分の理想や想像と違った時に、それでも「好き」と続けられるのか。

年数を重ねるほど、周りの職員と「モチベーションがない」と悩みを言い合うことが増えていきました。
バーンアウトの経緯やメカニズムについては、知識としても知っています。

仕事に、モチベーションは必要なのか。
それとも、「仕事だから」と割り切ってしまえばいいのか。

それもまた、「何のために働くのか」という問いの、一つの答え方なのかもしれません。

それを考えるとき、いつも思い出す光景があります。
毎年、年が明けると「辞める」と言い出す職員がいました。
結局は辞めないので、「辞める辞める詐欺」と本人といつも話していましたが
私は「辞めたい」と思ったことはありませんでした。(結果として19年目に辞めることになるのですが)

その頃は、辞めない理由を
「辞める覚悟がないから」
と話していました。

今は転職もして、無職期間も経ているので
辞める覚悟がない、とは思いません。

辞める=失敗

そう擦り込まれていたようにも思います。
一つの場所で定年まで働く、そういった風潮から離れることに怖さがあったかもしれません。
「何のために働くのか」と、語ってきた自分が、辞めるという選択をすれば、それまでの言葉と矛盾してしまう。

「辞める覚悟がないから」という言葉は、その矛盾を生まないために、
自分で選んだ理由だったのだと思います。
本当は、辞めるために動くエネルギーそのものが、なかっただけ。
変わることより、今のままでいることの方が、楽だったのです。

ちなみに毎年「辞める」と言い続けていた人は、今は上位管理職で働いています。

「何のために」、答えは簡単ではない

理想論では、生活はできません。
働きたくても働けない人が多くいることも事実です。

それは、本人の努力とは関係ない要因もある場合もあると知っています。

「何のために働くのか」

心理学や哲学、自己啓発などの本もよく読みます。
いろんな媒体でも情報や知識を得ることが出来ます。

では、自分は何のために働くのか?
人や一般論ではなく、自分のこととして、しっかり向き合えるのか。

状況や環境によって、働く理由はその都度変わります。
けれど、自分の根底にある目的は、変わらないのかもしれません。

あの頃の私も、今の私も、
その時々で、表に出てくるもの、見ようとせずに蓋をしているもの
根っこにあるものは、そう変わっていないのかもしれません。

利用者のため、お金のため、好きだから、辞められないから

「自己実現のため」「社会貢献のため」という理由も、よく耳にします。
「何のために働くのか」という問いへの答えは、人によって、いくつもあるのだと思います。

自分は今、何のために働いていますか?

こう問うこと自体が、余裕のある人間の発想なのかもしれません。
生きるために、毎日を生き延びるために、働いている人もいます。

今日も、大切な時間を分けていただき、ありがとうございます。
私の気づきが、あなたの気づきの、小さなタネになれたら嬉しいです。

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今日と明日が、少しだけでも、のどかな日和になりますように。

のの日和杜/のの


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