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日常の裂け目から。断絶、問いかけ、破壊と再生、そしてあくび。【自律コア参加者Kさんのこと】

目の見えない暗闇を体験するダイアログ・イン・ザ・ダークに出かけてきた。

触れる、触れ合う。自分の存在を伝える、相手の存在を喜ぶ。
空間を「目」以外の感覚で感じる。

お茶をいただく時、一度指先でそっと触れ合ってから、湯呑みが手渡される。
たったそれだけのことが、どれほど深く温かなつながりを生むか。自分の生理反応に驚く。

セラピーの現場でもそうだが、オイリュトミーの学校では、目をあけたまま目を閉じる練習をする。眼球の奥にあるまぶたを、そっと閉じるような感覚。

なぜそんなことをするのか。
目を完全に閉じてしまうと、内側に入り込みすぎてしまうから。

いつもとは違う感覚で、視覚に頼らず、世界とつながり直すために。


「自律コア」の参加者である、Kさんの話をしたい。

Kさんは、このプログラムを立ち上げる直前、「この一年、あなたのところに通いたい」と申し出てくださった男性だ。そうしてわたしたちは、自律コアの道を共に歩むことになった。

彼のテーマは、「精神性」。

人生のさまざまな節目、そしてご自身が深めている仏教の学びとも重ね合わせながら、自分自身をより深く見つめ直したいというリクエストだった。

「精神性」と聞くと、何か自分が特別な、高尚な存在になっていくようなイメージを持つかもしれない。

けれど実際には、日常の中で、泥くさく、面倒臭く、かつ根源的なプロセスが起こっていく。

一言でいえば、「断絶」が起こるのだ。

日常という、何気なく続いていく時間の連続が、ある日突然、絶たれる。

意識的にそれを起こす営みは、「出家」と呼ばれる。
(あるいは「家出」と言ってもいいかもしれない)

日常の中では、それは「死」や病い、事故として。
時に、「祝祭」や「エクスタシー」として現れてくる。


Kさんは最近、お兄様を見送られた。
立て続けに、関わりの深かった先輩も見送られた。

お二人とも、Kさんにとっては、たいそう世話の焼ける、でもけっして放っては置けない存在だった。

お見送りのあと、Kさんはわたしに、こう伝えてくださった。

複雑ですが、これで連絡取れなくヤキモキする事無く、愚痴を探しに行く事も無くなりました。
不謹慎ですが、肩の荷がおりました。

わたしはKさんの言葉を受け止める。
愚痴も悲しみも怒りも、そして思い出も、Kさんの中にある。
行動は一貫していて、Kさんは、もはや生活力を失って病気で倒れたお兄様の面倒を、グッとこらえて見続けた。

わたしはKさんの言葉に、深いところで、無言でこう尋ねる。

(肩に何を背負っていたのですか?)

精神性を扱う宗教(Kさんにとっての仏教)は、時に心を救う。
また時に、どこか現実離れした奇異なものに感じることもある。

それは、こうした「今までの自分を脱ぎ捨てていくようなプロセス」を容赦なく突きつけてくるからだと思う。


自律コアの参加者は、まだ二十人にも満たない。
それなのに、ご自身のプロセスを進める中で、肉親の死を経験される方が何人もいらっしゃる。

避けることのできない、圧倒的な断絶として。

また、がんの告知を受ける人もいる。

わたし自身も何度か、もう元には戻れないような断絶を味わってきた。

そして、子育てが終わった女性たちもまた、ひとつの大きな節目として自律コアを受けてくださっている。
これが死や病に比べて、決して軽いテーマというわけではない。

今の世の中で女性が結婚し、命を育て上げるということは、ほんとうにたいへんなことだ。ひとつの「役割」を全うし終えたとき、そこにも静かで巨大な断絶が横たわっている。

Kさんのようなテーマでも、子育ての終わりでも、お仕事の達成でも、自分らしい生き方であっても、そこには共通したプロセスがある。

破壊と再生」だ。

「連続した自分、連続した時間のままでは、そのまま飛び越えていけないよ」という何かが、参加者たちのテーマには潜んでいる。

もちろん、わたし自身の中にも。


自分と、自分の役割を同一視していないか。
人生に対処するために、自分らしくないパターンを身につけすぎていないか。
自分を何か特別なものにさせようとしすぎていないか。

何より、あなた自身の心を、どこかに置き去りにしたまま生きてはいないだろうか。

今感じているその心は、ほんとうにあなた自身なのか。
それともただの、自動反応なのか。

そんな問いかけが、それぞれの日常の裂け目から沸き起こってくる。

そして、外目には何も変わってないように見えるけれど、
新しい時間、新しい空間、新しい存在として生き始めていくのだ。


「祝祭」は、わたしが一番好きな言葉。

断絶の別バージョン。

日常と非日常の間で、社会的なペルソナを脱ぎ、抑圧されていたものが解放され、新たなつながりを感じることができる機会。

言葉に書くと、なんだか難しいことばかり言ってるみたいだけど、わたしたちは毎日、祝祭を経験している。

眠り、目覚めること。そしてあくびをすること。

毎日毎日、意識は断絶し、破壊と再生を繰り返している。

……。

もうとっくに朝だよ。起きてる?

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