60代 何故まだ働くのか?「お祈りメール」の連続から考える
2025年12月、リストラで約40年働いた会社を辞めました。今は無職。次のライフスタイルを模索しています。
7回目の失業認定日。もはやハローワークに通うのも慣れたものです。
ハローワークの窓口に並ぶ同じ境遇の人の背中を見ていると、『みんなそれぞれ、葛藤を抱えながらここに来ているんだよな』と、妙な連帯感を覚えることもあります。
今回は、私が何度も考えている「60代になっても働く理由」について書いてみたいと思います。
私の求職活動の実態
失業給付を受給するためには、最低でも月に2回の求職活動実績が必要です。退職してからというもの、自分なりに様々な求職活動に取り組んできました。
結論から言うと、結果はさっぱりです。 ことごとく書類審査で落ちてしまい、面接までたどり着けたことすら一度もありません。
どんなに丁寧で温かみのある不採用通知(お祈りメール)であっても、届くたびに少しずつ心が萎えていくのを感じます。「何としても働きたい」という熱意は元々そこまで大きくなかったはずなのですが、そのささやかなモチベーションすら削り取られていく思いです。
現役時代はある程度の裁量を持って仕事をしてきただけに、入口でシャットアウトされ続ける現実は、想像以上に堪えるものがあります。自分のこれまでのキャリアや存在そのものを否定されたような、独特の寂しさを味わうこともあります。
なぜ働こうとするのか?
求職活動がうまく行かない期間、私は「60歳を超えてなお、なぜ自分は働こうとしているのだろう?」という問いを何度も何度も繰り返し考えていました。
シニア世代である私が働く理由を、自分なりに分類・整理してみると、大きく4つのカテゴリーに分かれます。(一部重複があります)
① 経済的理由:
ー日々の生活費のため
ー老後資金・将来への備えのため
ー趣味や余暇を楽しむため(旅行や遊びにお金を使いたい)
② 健康面の理由:
ー心身の健康維持(ボケ防止や日々の運動)
ー生活リズムの維持
ー孤立防止
③ 心理的理由:
ー生きがい、自分らしさの表現、自己実現
ー自尊心、達成感、自己肯定感の獲得
ー社会との繋がり
④ 社会的理由:
ー社会貢献、社会での役割維持
ー自分の能力やスキルを社会で役立てたい
ー家庭内での役割分担の維持
働く理由の「落とし穴」
これらの理由を眺めながら、自分自身の価値観と照らし合わせてみました。
まず「① 経済的理由」と「② 健康面の理由」は間違いなく重要です。 ただ、これらは必ずしも「働くこと」でしか解決できないわけではありません。お金に関していえば、預金の取り崩しや年金の繰り上げ受給という選択肢もあります。健康面も、定期的にジムへ通ったりウォーキングを習慣にしたりすれば十分に補えます。
本当に難しいのは、「③ 心理的理由」と「④ 社会的理由」です。ここがどうにも心に引っかかります。
私は現在62歳。仮に今から再就職できたとしても、おそらく65歳にはその仕事も辞め、完全な「フルリタイア」を迎えることになるでしょう。
たった3年という短い期間で、新しい職場において「生きがい」や「自己実現」といった深い納得感を得られるような仕事に出会えるでしょうか。現役時代の長かった会社生活でさえ、常に思い通りの仕事ができていたわけではないことを考えると、それは難しいと言わざるを得ません。
仕事だけに依存するリスクと「人生のポートフォリオ」
ここでふと気づきました。 「生きがい」や「社会との繋がり」といった心理的・社会的欲求の解決を、「次の仕事」だけに依存するのはリスクが高すぎるのではないか?ということです。
仮に仕事でそれらを一時的に満たせたとしても、65歳でフルリタイアしたとき、結局は同じ課題に再びぶつかることになります。
何度も求職活動に失敗すると、普段なら考えもしないことまで深掘りしてしまいます。私のとりあえずの結論は、「人生のポートフォリオ」を多角化することです。
60代以降のセカンドライフは、仕事という一本の柱だけに頼るのではなく、「家族・友人・趣味・学び・社会貢献・他」といった複数の柱で人生を分散して支えていく姿勢が必要なのだと思います。これができれば、たとえ働くのをやめたとしても、生活の満足度や自分らしさをしっかり維持できるはずです。
まとめ
「とにかく何でもいいから働きたい」と思っているわけではありません。そして、60代向けの就職環境が極めて厳しいという現実から、このままフルリタイアへ移行する可能性も十分に高いと自覚しています。それでも、ハローワークでの求職活動を続けてみようと思っています。
丁寧なお祈りメールに落ち込みながらも、こうして自分の生き方を見つめ直す時間が持てたこと自体が、もしかするとセカンドライフに向けた大切なプロセスなのかもしれません。焦らず、自分のペースで試行錯誤を重ねていきます。
