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円、丸、サークル。
それは角が無いということ。欠けるところの無い完全な形。
始まりも終わりも無い永遠性。
春が来て夏を経過し秋の次に冬が訪れ、ふたたび春がやって来ること。
常に変化し続けること。
それ自体が調和である。
日本語でえんと言えば縁も表す。人と人の結びつきを表す人知を超えた不思議な力。良縁もあれば悪縁もある。
この親の元へ生まれようと決めた意図も縁だし、ゼレンスキーとプーチンの間にもある種の関係性がありそれが縁だ。
住む土地や仕事への縁もあれば、互いの課題を持ち寄る縁というのもあるだろう。
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自分に対するこの厳しさは一体どこからやって来たのだろうと思う。
自分を責める心の癖があった。
そういう心の癖を「どうしてなのか」と分析しまくってた。自分のなかのネガティブを無くそうとして。ネガティブな感情を悪いものとしていた。
主人にちゃんと見てもらえていない感情は見えない部分で少しずつ溜まって、ある時それを成仏させるような相手や状況が出現する。と頭で分かっていてもその時その場でそんな理屈を思い出せる人はいない。
怒りや憤怒や嫉妬や悲しみなどの感情を思考で整理しようとすればする程、そのエネルギーは溜まってゆく。目の前だけキレイにしようとしたってダメなのだ。
最近のスピリチュアル動画の人たち(?)は簡単に「手放す」というワードを使いたがるが人間そんな単純に出来てはいない。恐らくそういった人たち(大抵若い)は地球人生の経験が少なくて今回は他を助けるような役割のために生まれた尊いたましいなのだろう。持ってるだけでしんどくなるようなネガティブな感情を経験したことが無いのかも知れないし、経験する必要がないのかも知れないし、もし持ったとしてもその人たちは割と容易に手放すことが出来るのだろう。宇宙の真理に従って。
しかしここは地球で私たちは生身の人間である。
だから重要なのは「人間」としてどうにもやり切れない感情が出てきた時はどう思えばいいんですかということをもっと色んな人が喋ればいいと思う。殺意を抱くほどの怒りが湧いたらどうすればいいんですか?
消えてしまいたくなるくらい落ち込みがひどい時はどうすればいいんですか?
自分を責めたり批判してしまってずーっと薄曇りみたいに気持ちが晴れない時はどういう風に考えたらいいんですか?
まあ大抵は、好きなものを食べて好きな動画を見て湯船に浸かって自分の身体を丁寧に扱って夜もぐっすり眠ればいいんだけどな。
こころの事はこころで解決する事は出来ない、という名言があった。
年を重ねてようやく今は、自分のものでも自分の力だけではどうにもならないことがあること、時を経ることでしか得られない気づきや癒やされない傷があること、自分に対してもっと緩やかで温かな眼差しを持てるようになり、持ちたいと願う思いに気づいた。本当はすでに持っているのだ。というか持つ必要もないくらいにそのものなのにそれを身体で実感したいのだ。
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結局全てが連続しており、繋がっており、ひとつの大きな流れに合流するプロセスなのだろう。
苦しむ事はなーんもない。

