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275.そんな、人生なんてどうでもいい!

1.静寂

ここ数年、coucouさんはいつも同じ夢を見続けている。
どんな夢かというと、
たくさんの人ごみの中をさまよい、
いつもそばに誰かしらいるんだ。

誰かしらと言っても、いつも接しているたくさんの人たち。
どの場所に出向いても、トイレの中までも人がいる。

coucouさんはそこで一人になろうと決心するのだけれど、
ななかなか一人になることができない。
そして毎朝、目覚め、同じ夢を繰り返し続けている。

まるで起きている日常と同じ世界なんだ。

 

coucouさんは一日当たり、最低でも10人から20人くらいの人たちと会って話し合いをする。
会議となると20人から100人単位。講演会となると100人から最高で800人ぐらい。年間で計算すると10000人は超えているのではないかと最近感じている。

 

また、coucouさんが一番心穏やかで静かに楽しめる会は10人以下で、人の話を聞いているときが心休まるとき。
だから小さな会はとても楽しみ。
その理由は一方的ではなく相手が何を考えているか、何を話しているかがわかりやすいからだ。

また、人の話を聞いているときほどアイデアや自分の考えがまとまりやすくなるんだ。
そして、わずかな一人きりの時間を堪能する、それも幸せの一つだということがわかるようになった。
人と会わない時間は誰とも話ができないから、すべて自分との対話が中心となり、ある瞑想状態に近いかもしれない。

日々目まぐるしさの中の静寂、
これがないと人は生きることが辛くなるかもしれませんね。

 

みなさんは自分の時間を大切にしていますか?

©NPО japan copyright association Hiroaki

 

2.人生なんてどうでもいい!

coucouさんは人生が「どうでも良くない!」と思い込む異常な達人だといえる。その理由はあまりにも「どうでもいい!」と考えている人たちが多いため「どうでも良くない!」と逆行しているのかもしれない?

それとも異常な思い込み性格者の為なのなのか、どちらかだ?

例えば、自分中心主義は悪い事ではないが、誰もが自分中心主義。自分の都合、自分の考え、自分の意見、自分からの主張などが目立つ。

 

お金のない人はお金がないということで苦しみが生まれ、
お金をたくさん持っている人は持っているという苦しみが生まれる。

お金がない者はお金を欲し、
お金のある者はさらにお金を欲する、
というように人は「どうでもいい」ことに振り回されて人生を送る。

お金のない人は1万円しかないと嘆き、お金のある人は1000万円しかないと嘆く。これは3000万円あっても1億円あっても同じ「どうでもいい」ことなのに「どうでも良くない」のだ。

coucouさんのような「どうでも良くない!」という異常性格者が言うのだから、きっと間違いは少ないと思う。

 

coucouさんの知り合いが会社を辞めました。
「退職金が3500万円しかない…」と嘆いていた。

夫を亡くして生命保険会社から保険金の明細が届いた。
「6300万円しか夫は残さなかった…」と嘆く。

さらに「私の父は一億しか財産を残さなかった…」という、
「どうでもいい」ことなのに「どうでも良くない!」嘆き。

これはcoucouさんの身の回りの人たちの本当の話なんだ。

 

こんな人もいた、
「私は10万円寄付したのに評価が少ない…もっと感謝してくれてもいいのに…」と嘆く。

「毎月数万円寄付しているのにありがたみがわからない…」と嘆く。

これも「どうでもいい」ことなのに「どうでも良くない!」叫びなのかな?

お金をもらう人も払う人も「どうでもいい」ことだ。

でも、coucouさんは「どうでも良くない!」と思い込む異常な達人ですら、どうしても奇異に見えてしまう。

 

coucouさんの回りにはお金をたくさん持っている人たちがいるが、coucouさんには何もない…。
きっと、みなさんの中で一番貧乏かもね。

でもね、お金があってもなくても、なくても以外と人生はそんなに変わるものではない。
あるとすればそのお金にただ振り回されているだけ、
お金に利用されているだけ。

本当の幸せはお金も必要だが、
お金があってもなくとも、幸せでいられるかどうか、が最低の基準ですね。

それはどっちでも感謝できるのですから。

 

coucouさんも、そろそろ「どうでもいい!」人生にしなければならない時期が来たのかもしれない。

©NPО japan copyright association Hiroaki


3.「どうでも良くない!」と思う人生

「どうでもいい!」というと一見投げやりの言葉に聞こえ、
「どうでも良くない!」という言葉には何かしら正論で正義感があるように思われるが、
「どうでも良くない!」という考え方は、
思い込みから来る一種の自己満足、独善的、我儘、自分勝手な言葉でだと最近のcoucouさんは思うようになった。

また、「どうでもいい!」という言葉は一見諦めのような言葉だが、
「どちらでも良い!」というニュアンスがあるもの。

そして、諦めるという言葉も一見消極的に思われるが、
本来の諦め(諦観)の意味はとても前向きな意味があり、
「諦められない」という執着に、
「どうでも良くない!」と思い込みが育っているように思う。

 

そう、執着や自分勝手なエゴですね。

そう、coucouさん、はその「どうでも良くない!」という思い込みの強い達人ですから間違いはないと思うんだ。

 

coucouさんは仕事場に行くのは誰もいない1番目。
会や会議なども1番に準備をしてきてくれる人たちを待つ。

人と待ち合わせも同じ相手より30分前、1時間前には到着するようにしている。
もし、遅くなれば相手に迷惑をかけてしまう、という心配があるからね。

もし、電車が遅れたら、もしバスが止まったら、もし、もし、と考え絶対に遅れない方法は、遠方に出向くときほどさらに早めに出発して予定より早く着くように心がけているんだ。(随分とアクシデントなどが起きたとき助かっている)

何かしらのお誘いのある時は出欠の連絡もきちんとする。
相手に迷惑をかけたくないからね。
少しでも遅れそうならば早めに連絡する。
何よりも相手がいて自分があるのですから。

あまり早すぎると笑われる恐れがある場合は、
待ち合わせ場所の近くで時間調節をする。
早すぎても遅すぎても相手に迷惑をかけてしまうからね。

 

でもね、変な弊害も起こる。

誰もがcoucouさんを信頼してくれるのは大変ありがたい事だが、
出欠の連絡を寄こさない人、
時間ぎりぎりに来る人、
いつも時間に遅れる人、
遅れる事の連絡をくれない人、
来ると約束したのに欠席する人、
すべての準備は誰かがやってくれている、という勝手な安心感を相手に与えてしまうことだった。
また、人の会に出向くときも準備をしている人たちの気持ちがわかりすぎるためついついお手伝いをしてしまう。

 

これって「どうでも良くない!」の弊害なのでしょうか?

coucouさんはいつも反省をしています。

©NPО japan copyright association Hiroaki


coucouさんです、みなさん、ごきげんよう!
もうすぐ4月になりますね。
入学式、卒業式、進級、新入社と桜の開花とともに世の中が穏やかとなる季節となりました。

567が終わりに近づいたと思えば、次は戦争、そして大地震や災害の話題の尽きないいいかげんな視聴率目当てのマスメディア。
天気予報は毎日変化し、寒さや暑さの気圧の変化、雨風、花粉情報、さらに電気不足、ガソリン不足、値上げ…。

まるで無限の、答えのない「恐怖予報」。


おかしいね、日本。

いや、世界中。






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