「自分を粗末に扱わない」ということ――人からの評価と、自分の価値を切り離すまで
こんな経験はありませんか。
誰かに強く指摘されるたびに、
「やっぱり私が悪いのかな」と、自分を責めてしまう。
最近、ある人との関わりの中で、ずっと心の中にあったものが、少しずつ形になってきました。
それは、
「私は、どうしていつも人から強く言われるのだろう」
という疑問でした。
私はもともと、自分にあまり自信がありません。
自分は要領が悪いのかもしれない。
人付き合いが苦手なのかもしれない。
もっと上手に人とコミュニケーションを取らなければいけないのかもしれない。
そんなふうに、自分を低く評価することが多かったと思います。
だから誰かから強く指摘されると、
「やっぱり私が悪いのかな」
と、自分のほうへ原因を探しにいってしまう。
けれど今回、少し違う角度から自分の人生を見つめてみることにしました。
何度も似たような関係が現れていた
これまでの人生を振り返ると、少し似た関係が何度かありました。
身近な人から、強い言葉で「こうするのが正しい」と言われる。
私が自分の意見を言っても、
「それは違う」
「こうするのが正しい」
と、相手の正しさの中に切り捨てられてしまう。
そして、何度も言われ続けるうちに疲れて、
「分かりました」
と従ってしまう。
すると、また同じことが起きる。
私はずっと、
「自分の意見をきちんと言えないことが問題なのではないか」
と思っていました。
でも、よく考えてみたら、私は意見を言っていなかったわけではありません。
「私はこうしたほうがいいと思います」
そう伝えたこともありました。
それでも相手が、自分のほうが正しいと譲らなかった。
そこで私は、相手を説得することに疲れてしまったのです。

「相手が正しい」と「私が従う」は同じではない
今回の自分との対話の中で、私の中に強く残った言葉があります。
「相手が正しいと言ったことと、相手が正しいことは同じではない。」
そして、
「相手が正しいことと、私が従わなければならないことも同じではない。」
これは、私にとって大きな気づきでした。
誰かが自信満々に、
「こうするのが正しい」
と言ったとしても、それはあくまでその人の判断です。
もちろん、本当に相手のほうが正しい場合もあるでしょう。
そのときは、自分の考えを修正すればいい。
でも、
相手が強く言ったから正しいわけではない。
そして、
相手が怒ったから私が間違っているわけでもない。
この二つを、私は今まで混同していたのかもしれません。
「境界線」は、言い返すことではなかった

私はこれまで、
「自分の意見をはっきり言える人にならなければ」
と思っていました。
でも、境界線というものを考えてみると、必ずしも言葉で相手を言い負かす必要はないのだと知りました。
「私はこう思います」
と一度伝える。
相手が、
「いや、私のほうが正しい」
と言う。
そこで、
「そういう考え方なんですね」
と受け止めてもいい。
ただし、そのことと、
「だから私もそう思わなければならない」
は別です。
相手を変えなくてもいい。
相手に理解してもらわなくてもいい。
自分の中に、
「私はそうは思わない」
という場所を残しておく。
それも境界線なのだと思います。
「怒られないために頑張る」という落とし穴
今回、私は自分がかなり無理をしていたことにも気づきました。
仕事をしていると、どうしても時間内に終わらないことがあります。
それでも、特定の人から何か言われるのが嫌で、
「できるだけ仕事を残したくない」
と思い、必要以上に頑張っていました。
残業してでも終わらせようとする。
何か言われないようにする。
相手のやり方にできるだけ合わせる。
それでも、また指摘される。
そこで、さらに自分を責める。
振り返ってみると、私は仕事を頑張っていたというより、
「怒られないように頑張っていた」
部分があったのだと思います。
これは、とても疲れます。
そして、
「怒られないようにもっと頑張る」
↓
「疲れて余裕がなくなる」
↓
「仕事の効率が落ちる」
↓
「また指摘される」
という循環にもなってしまいます。
「私は仕事ができない人間だ」は、本当に事実なのか

人から、
「あなたは仕事ができない」
と言われたとき。
私は、それをそのまま自分自身への評価にしていました。
でも、今は少し分けて考えられるようになりました。
たとえば、
事実
「今日はこの作業が時間内に終わらなかった。」
これは事実かもしれません。
でも、
評価
「私は仕事ができない人間だ。」
これは事実ではなく、その出来事に対する解釈です。
さらに、
「だから私は人から軽く扱われても仕方がない」
となったら、それはもう別の話です。
一つの仕事上の問題から、
自分という人間全体の価値まで下げる必要はありません。
人間関係が苦手だから、尊重されないわけではない
私は、
「もっと人と上手にコミュニケーションを取らなければ」
とも考えました。
職場では、仕事だけでなく、人間関係を上手に作ることが評価につながることもあります。
要領よく話す人。
上司と気さくに話せる人。
自然に人の懐に入れる人。
そういう人が得をする場面も、確かにあると思います。
でも、
人付き合いが苦手だから尊重されなくていいわけではありません。
無口でもいい。
要領が悪くてもいい。
人と群れなくてもいい。
仕事で失敗することがあってもいい。
それでも、人として尊重されていい。
ここは、忘れたくないと思いました。
「付け入る隙をなくす」ことが答えではなかった
最初は、
「人から蔑ろにされないためには、付け入る隙をなくせばいいのではないか」と思いました。
もっと上手にコミュニケーションを取る。
もっと根回しをする。
もっと仕事ができるようになる。
もっと相手の機嫌を損ねないようにする。
でも、それを突き詰めていくと、
「誰からも嫌われない完璧な自分にならなければ」
ということになってしまいます。
それでは、また別の苦しさが始まります。
人間には、隙があっていい。
不器用でもいい。
失敗してもいい。
苦手なことがあってもいい。
大切なのは、
「だから、相手が私を雑に扱っていいわけではない」
という境界線なのだと思います。

自己肯定感とは、「私は素晴らしい」と思うことではなかった
私は自分の自己評価が低いことも、今回改めて感じました。
だから、
「もっと自分を好きにならなければ」
と思っていました。
でも、今は少し違う考え方になっています。
自己肯定感とは、
「私は素晴らしい人間だ」
と思い込むことではなく、
「失敗しても、誰かに否定されても、私は自分を見捨てない」
ということなのではないでしょうか。
仕事で失敗したら、
「ほら、やっぱり私はダメ」
ではなく、
「今日はうまくできなかったね。でも、次はどうしようか」
と言ってあげる。
誰かに否定されたら、
「やっぱり私には価値がない」
ではなく、
「その人はそう評価したんだね。でも、その評価まで私が引き受けなくていい」
と思う。
それが、自分の味方になるということなのかもしれません。
自分を守る小さな練習
自己肯定感を上げるために、何か大きなことを始める必要はないのかもしれません。
例えば、
「今日は疲れたから休む」
と決めたら休む。
「今日はここまで」
と決めたら終わりにする。
「私はこれが好き」
と思ったら、その気持ちを大切にする。
「私はそれは嫌だ」
と思ったら、すぐに相手に言えなくても、自分の中で否定しない。
そして一日の終わりに、
「今日、私は自分を守れたことは何だっただろう」
と一つだけ思い出してみる。
そんな小さな積み重ねでもいいのだと思います。
「相手の感情」は、私の責任ではない

これも、今回とても大きな気づきでした。
相手が怒る。
不機嫌になる。
舌打ちする。
無視する。
それは、相手の反応です。
もちろん、自分の言動に問題があれば振り返ることは必要です。
でも、
相手が不機嫌になったこと自体を、自分の責任にしなくていい。
私は今まで、
「相手が怒らないように」
「相手が不機嫌にならないように」
と考えすぎていたのかもしれません。
でも、相手の感情まで私が管理することはできません。
そして、する必要もありません。
私は、私を評価する人を探すのではなく
今回の出来事をきっかけに、私は一つのことを大切にしたいと思うようになりました。
それは、
「自分を粗末に扱わない」
ということです。
でも、それは、
「嫌なことがあったら、すぐに全部投げ出す」
ということでもありません。
生活も大切です。
お金も大切です。
仕事も大切です。
だからこそ、
「私は自分の尊厳を守る。そして同時に、自分の生活も粗末にしない」
という両方を大切にしたい。
今すぐ答えが出なくてもいい。
今の場所に残るのか、別の場所を探すのか。
それも、少しずつ考えていけばいい。
ただ、
「ここにしか居場所がない」
と思わないこと。
自分を尊重してくれる場所を探してもいいのだと思います。
そして、私が今、一番大切にしたい言葉

今回自分との対話の中で、心に強く思った言葉があります。
相手が私を低く評価したことと、私の価値が低いことは同じではない。
そして、
相手が私を尊重しなかったことによって、私まで自分を尊重しなくなる必要はない。
私は、これから少しずつでも、
「私は私の味方でいる」
ということを覚えていきたいと思います。
誰かに認めてもらうためではなく。
誰かに勝つためでもなく。
誰かから否定されないためでもなく。
ただ、
自分自身を、自分が見捨てないために。
もし今、
「どうして私はいつも人から軽く扱われるのだろう」
「私がもっとちゃんとすればいいのだろうか」
と悩んでいる人がいたら。
もしかすると必要なのは、
もっと完璧になることではないのかもしれません。
もっと上手に人と付き合うことでもないのかもしれません。
まずは、
「私は、自分を粗末に扱わない」
と決めること。
そして、
「相手の評価と、自分の価値を切り離す」
こと。
その小さなところから、自分との関係を作り直していく。
私も、そこから始めてみようと思います。
あなたが今日、自分を守れたことは何でしたか。
今日があなたにとって、素敵な一日でありますように。
誰かの言葉に 傷ついて
自分の価値まで 手放していた
すれ違う声に 振り回されて
本当の心に 蓋をしていた…
