怪談 厄逢(やくほう)
やっほー。では、一つ怪談を。
「やっほー」という言葉の由来については、一般的にはこう説明されています。
ドイツ語圏、アルプス地方の山岳地帯で使われていた掛け声「ヨッホー(Joho)」、あるいは伝統歌唱「ヨードル(Jodeln)」が起源とされています。
1930年前後、日本に本格的な登山ブームが到来しドイツの登山文化や用語が導入されました。
その過程で「ヨッホー」や「エホー」といった掛け声が伝わり、日本人に発音しやすい「ヤッホー」へと変化したとされています。
1950年代に入ると山の歌や歌謡曲の歌詞に採用され、メディアを通じて一般にも広がり、登山者以外の大衆や子供の間でも「山で叫ぶ言葉」として定着しました。
「ヤッホー」に含まれる母音は遠くまで響きやすく、視界不良時の位置確認や遭難防止の合図として実用性が高かったことも、定着の理由として挙げられています。
以上が、表向きに知られている由来です。
この話をしてくれた方は登山用品店に長く勤めていた人物で、定年後に趣味で各地の山岳資料を集めていたそうです。
あるとき明治期に編纂された地方の方言・民俗資料の中に、「やっほー」という言葉に関する別の記述を見つけたといいます。
その資料には「やっほー」は本来「厄逢」と書く言葉であり、ドイツ語由来の掛け声が広まる以前から山間部の一部地域で使われていたと記されていたそうです。
意味は「山中で人ならぬものに出会うこと」とされ、声に出して唱えることは忌避されていたと書かれていました。
その方は、最初は単なる方言の同音異義語だろうと考えていたそうです。
日本各地には似た響きを持つ古い言葉が、複数の由来を持つことは珍しくありません。
ただ資料を読み進めるうちに、一つ気になる記述があったといいます。
「ヨッホー」が日本に伝わり「ヤッホー」として定着していく過程について、当時の登山関係者の手記の中にこんな一文があったそうです。
「この呼び声が広く受け入れられたのは、この音に近い言葉が各地の山に存在していたからである。新しい言葉は古い言葉の上に、ちょうど重なるように定着した」
その方はこの一文を読んだ後、しばらく資料収集から離れていたそうです。
最近、別の山岳資料を整理していたところ、知人から「夜中に、誰かに名前を呼ばれてる気がする」と相談を受けたといいます。
詳しく聞くと、その知人は登山中に「やっほー」と叫んでいました。
その方は話を聞いて以来、資料の収集を完全にやめたそうです。
あの様子を見たら、詳しい理由はとても聞けませんでした。
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