SF掌編 織姫vs彦星 蒼い命運
「なぜ、私ではないのですか」
技師は、その男の接近に気づかなかった。
「システムが選ぶのは、私だと思っていました」
男は続けた。男の手には、銃があった。刺激するのは、避けねばなるまい。
「私も最初はそう思っていた」
「答えてください。なぜ、私ではなかったのか」
技師は、答えなかった。答えられなかった、というほうが正しい。
理由など、最初からなかったからだ。適性、相性、あるいはただの偶然。
そのどれもが、目の前の男にとって侮辱になることは分かっていた。
「システムは、私を選ぶべきでした」
それだけ言い残し、男は技師を撃った。
装甲越しなら何十機と落とした。だが、生身で人を殺めるのは初めてだった。
血の匂いは、想像していたよりも早く消えた。
――私は、選ばれなかった。
その事実が、腹の底に居座り続けていた。
それが自分という人間の総量を、勝手に決めてしまったような気がしてならなかった。
技師を殺したところで、何も変わらない。分かっていた。
それでも、殺さずにはいられなかった。
せめて、誰かに責任という形を負わせたかったのかもしれない。
くだらない、と自分でも思う。
MW-2 彦星が、光を纏って発進する。宇宙へ。
「こっちはまだ、仕上がってないと聞いてるぞ」
彼は整備士の一人に、そう聞いた。
「残りは塗装だけだった。動作に問題はない。青くはないがな」
「かえって良い。ここに配属されてから、青色が嫌いになった」
そう言って、彼はMW-3 織姫のハッチを閉じた。
自分はこれから、何を追うことになるのか。
あの男を止める。それだけでは済まない予感があった。
同じ部隊で、同じ星を見上げてきた。訓練でも実戦でも、常に隣にいた男だった。
技量は、あの男の方が上だと、何度となく思わされてきた。
それでも、システムは俺を選んだ。
適性値がどうとか相性がどうとか、理由らしきものは資料に並んでいたが、それが答えになっているようには感じられなかった。
どれも、後から取ってつけたもののように見えた。だからあの男は、納得しなかったのだろう。
だからといって、あんなことをして何になる。
よく分からないものに、よく分からない理由で選ばれ、よく分からない行動に走った男を追う。
システムというものに、振り回されている。俺たち全員が。
二機が相まみえたのは、天の川と呼ばれるデブリ帯の只中だった。
「やはり、来たか」
彦星の機体から届いた声。感情は読めない。怒り、喜び。そんなものが混じり合っているようだ。
「あんたを、止めに来た」
「止める? 何を、今更」
哄笑にも似た響きがあった。
「この私こそがシステムなのだ。私は認めんぞ。貴様という存在を」
「何を――」
彦星が吼えた。
「貴様と私、何が違うというのだ!!」
その叫びは宇宙の真空の中で、確かに響いた気がした。
織姫は、答えなかった。答えを持っていなかったからだ。ただ、ブレードを構えた。
「違いなど、ないのかもしれない」
ようやく、彼はそう返した。
「ふざ、けるなあぁ!」
彦星の機体が突貫する。防御行動を捨て去った、直線的な加速。
織姫は、それを迎え撃つよりなかった。避ける暇はない。
ブレードとブレードが交差した。
火花ではない。金属が金属を裂く、その断面から漏れ出す推進剤の残光だった。
織姫の刃が彦星の装甲を浅く削り、彦星の刃が織姫の右肩部を貫通する。
同時だった。どちらが速いかを競う余裕など、最初からなかった。
光の奔流が二つの機体を包んだ。推進剤タンクが誘爆し、装甲が内側から食い破られていく。
ひしゃげた外殻の隙間から燃え続ける炎が真空に噴き出し、酸素を失いながら赤く尾を引いた。
デブリ帯の暗闇に一瞬だけ、まるで新しい星が生まれたかのような閃光が走った。
破片が四方へ散り古い衛星の残骸に混じって、二機の破片もただのデブリになっていく。
彦星の機体は、光の中で崩れ落ちていった。
フレームが折れコックピットブロックが辛うじて原形を保ったまま、慣性のままに回転を始める。
コックピットの中で、男は最後に何かを言おうとしていた。それが、言葉になることはなかった。
酸素マスクの奥で唇が動いた気がしたが、それを見ていたのは誰でもない。
その直後。
織姫の内部で、警報が鳴り響く。右肩部からの損傷は、コア系統にまで達していた。
反射的に、脱出する。気づいた時には、機体は爆発していた。
パイロットスーツ以外に、もう何もない。
生命維持装置は、無事。酸素は数十分保つ。
しかし時間はあっても、周囲に使えそうなものは見当たらない。
帰る術は、ない。
――ああ、これで終わるのか。
自分の最後は、こんなにもあっけなく。
星々が、やけにゆっくりと流れていく。あるいは、流れているのは自分の方なのかもしれない。
システム搭載機は全て喪失。開発者の技師は死んだ。
核心部分は、ほとんどあの技師一人で組み上げたものらしい。
敵国からの亡命を、特例で受け入れたほどだ。恐らく、替えが利かない人材。
プロジェクトは、これで終わりだろう。
結局、システムとはなんだったのか。なにも掴めないまま、俺も終わろうとしている。
俺たちは、一体何のために。
あの男は、何と戦っていたのだろう。
システムか。技師か。俺か。それとも別の。
――貴様と私、何が違うというのだ!!
その声が、まだ耳の奥に残っていた。
これを言ったら、あんたはまた怒るだろうが。
「やっぱり、大した違いはないんじゃないのか」
宇宙は、何も答えない。
ブレードの破片が一つ、漂っていた。
どちらの機体のものかは、もう分からない。
自分のどこかが、生きることを手放していく。これは諦めか、それとも覚悟か。
死とは、こういうものか。
遠くに、小さな光が見えた気がした。
錯覚か、本物か。判別する力は、もう残っていない。
ただ、その光は少しずつ、確かに近づいてきた。
「――生きてるか! 応答しろ!」
聞き覚えのある声が、ノイズ混じりに耳へ届いた。
仲間の機体だ。駆けつけてくれたんだな。
今日は、疲れた。
意識は、暗闇の底へと沈んでいった。
天の川は、今日も流れている。
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