見出し画像

ヒトコワホラー 宝くじ高額当選者

地方都市の役所で働く彼女は、可もなく不可もない人間だった。

目立たず恨まれず、記憶にも残らない。それが安全だと、無意識下で理解していた。

そんな彼女も、年末になるとオンライン宝くじを一枚だけ買う習慣があった。

当たるとは思っていない。夢を買うというあれだ。

大金が転がり込み、あれをしようこれをしようとと楽しい妄想をし、外れたのを確認して現実に戻る。そんな儀式。

ところが、今回は切って捨てていた可能性を引き当ててしまう。あり得ないことだと思っていた。

一等、七億円。

画面を閉じ、また開く。何度確認しても数字は変わらない。

嬉しさはなかった。代わりに、体の奥がゆっくり冷えていく感覚があった。

怖い。

誰からも注目されず、しかしそれが安全で平穏に過ごせることを理解していた筈なのに。その安全圏から外れてしまったような感覚があった。

オンラインくじで買ってしまった以上、勝手に振り込まれる。

彼女は知っていた。例外は、必ず誰かの記憶に残る。

当選金を受け取らない為にする行動。銀行に電話をし理由を説明し、書類を交わし確認される。

それは「何もしない」より、ずっと危険に感じた。

悩み抜いて出した答えは、”誰にも言わない。少なくとも数年は、無いものとして扱う”

誰にも察せられてはならない。口に出さず心の中で誓い親族にすら相談せず、いつも通りの生活を続けた。

だが。


ある日、周囲の様子が微妙に変わり始めた。

窓口で、同僚が仕事を代わってくれる。上司が妙に丁寧な言葉遣いになる。

「最近、調子どう?」と、理由なく話しかけてくる人間が増えた。

気のせいだと思った。そう思いたかった。過敏になっているだけだと。

ある日、同僚に言われた。

「最近、雰囲気変わったよね」

何が、と聞いても彼女は曖昧に笑った。全ての他人の行動が、自分を探る為のものに思えてくる。

違和感が確信に変わったのは、知らない番号からの着信が増えたことだ。出ないと、留守電が入る。

「善意の寄付をお願いしたいのですが」「お話だけでも」

ブロックしても、また別の番号からかかってくる。

どこかから漏れたんだ。自分は誰にも話していないのに。まさか銀行が情報を流した…?

こんなこと、どこに相談すればいい?話すこと自体がリスクなのに。

そんなことを考えながらの帰り道。後ろを歩く足音が、角を曲がっても消えない。

翌日、彼女は出勤しなかった。そのまま、彼女はいなくなった。


二年後、山中から白骨化した遺体が見つかった。

身元はすぐに判明した。彼女の成れの果て。

犯人は逮捕された。金目当てだったと供述した。

彼女の口座には、ほとんど金が残っていなかった。

警察は不審がった。

「犯人1人が使ったにしては多過ぎる。どこへ流れた」

けれど、なぜか捜査は早々に打ち切られた。

彼女が行方不明になった頃から、少しずつ確実に、金は動いていた。

どれも彼女の意思によるものとして処理されていた。

彼女は、誰にも当選を話していない。それでも、皆が知っていた。

誰か一人が漏らしたわけではない。誰か一人の独断で殺したわけでもない。

七億円は、周囲の人間が少しずつ受け取っていた。

最後には命すら残らなかった。

宝くじが、彼女に不幸を与えたのではない。

周囲の人間を、悪い意味で正直にしただけだ。




実際に殺人事件も起きています。高額当選者が実在したことに驚きでした。


いいなと思ったら応援しよう!

深水 夜名河(フカミ ヨナガ) 面白いと感じていただけたら、コストのかからないフォローとスキをくださると嬉しいです。 よろしくお願いします。