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第27話 手紙60枚

2025年8月末。

長女の家の家賃問題や
大学のこと以外にも、
いろいろと動き出したことがあった。

その結果…

旦那さんと私には、
少しずつではあるが
普通の日常が戻ってきた。

わーい!!!

……と言っても、
その「動き」の件は
まだ解決しているわけではない。

でも、まあいい。

それはまた、
いつか書くことにしようと思う。

実は私は、
長女が生まれる前から続けていた
ブログがあった。

気づけば
25年以上。

でも今年、
そのブログを
アカウントごと全部消した。

長女との思い出を
すべて消したかったからだ。

思い出の整理の
つもりだった。

ただ、昔から
「書く」という行為は
私にとって
気持ちを整理する時間でもあった。

だから、やっぱり…
何かを書いていこう。
そう思った。

さて、何を書こうか。

長女がまだ家にいた頃、
私たちはよく
近所のスタバに行っていた。

新作が出れば飲みに行き、
写真を撮って、

「おいしいねー!」

なんて言いながら
二人でわいわい楽しんでいた。

長女はどこからか
情報を仕入れてきて
カスタムを試したりもしていた。

それを飲み比べては
また二人でわいわい。

楽しかった。

本当に、楽しかった。

だからこそ…

そのお店にもう一度行ってみようと
思った日があった。

去年のことだ。

お店の近くまで来たとき、
私は急に足が止まった。

前に進めない。

そして寒くもないのに
体が震え出した。

それ以来、
そのスタバには行っていない。

というより、
行けない。

もちろん、お店が悪いわけではない。

ただ、気持ちの問題。
心の問題だ。

とはいえ…

スタバ自体が
飲めなくなったわけではない。

むしろ、
昨日も飲んだ(笑)

やっぱり
スタバは好きだ。

ただ、あの店舗には行けない。

だから私は、別の店舗のスタバで
ゆっくり、まったりと
コーヒーを飲むことにしている。

それと…
長女との思い出の品は
ほとんど処分した。

でも時々、
「あれ?」
「こんなところに?」
そんなふうに
小さなものが出てくることがあった。

そのたびに
当時は泣きながら処分していた。

でも先日、
クローゼットを掃除していたとき、
「大事なものBOX」から
長女の手紙が出てきた。

幼稚園の頃から
小学校1、2年生くらいのものだろうか。

私宛てのものと、
旦那さん宛てのもの。

どうやら私は
全部取っていたらしい。

長女は基本、
誕生日や記念日など
親に何かしてくれるタイプではない。

でも幼い頃は、
字を書くことが楽しかったようで
かわいいレターセットや
シールを使って
よく手紙を書いてくれていた。

その手紙にはこう書かれていた。

「大きくなったら
おんがえしするからね」

「いつもたいせつにしてくれて
ありがとう」

「大すきだよおかあさん」

……あはは。

「おんがえし」って。

鶴の恩返しでも
読んだあとだったのかしら(笑)

その手紙を読み返しても
何も感じなかった。

懐かしいとも、悲しいとも思わない。

ただ…

ゴミとして処分した。

ここだけ読むと
冷たい親に見えるかもしれない。

でも、今の私の感情は
それが普通なのだ。

これでいい。

今は、これがいい。

その流れで
長女の部屋も片付けた。

机や本棚、チェストなどは
去年のうちに処分していた。

ただ、ベッドだけは残していた。

もしかしたら
帰ってくるかもしれない。

そんな気持ちが
どこかに残っていたからだ。

でも、もう帰ってくることはない。

そう思い、
ベッドも粗大ごみに出した。

驚くほどスッキリした。

今、長女の部屋は
旦那さんの洋服や
仕事関係の荷物を置く部屋になっている。

部屋がきれいになると
心も少し晴れる。

不思議なものだ。

幼い頃の長女の手紙は処分したが、
実は私は
大人になった長女に
たくさん手紙を書いている。
揉めていた時期にも
短い手紙を何度か送った。

連絡事項のような事務的なものだ。

ただ…

2025年の5月と6月。

この二か月は少し違った。

便箋30枚以上。
それを二か月続けた。

つまり合計60枚以上。

……今思うと
少し笑ってしまう。
熱心なファンレターみたいだ。

もちろん、
何回にも分けてではない。
一回で30枚。

5月は仕送りの荷物に入れた。
6月も同じく30枚。

もしかしたら…
気持ちが届くかもしれない。
そんな淡い期待があった。
でも当然、何も変わらなかった。

6月の手紙を書いた頃には
もう諦めモードだった。
書いても同じ。

もしかしたら
読んでもいないかもしれない。
そう思いながら、
最後の手紙には
「もう手紙は書きません」
そう書いた。

そして最後に
「熱中症には気をつけて」
とだけ添えた。

おかげで
持っていたレターセットは
全部なくなり、
ボールペンも一本使い切った。
新品ではなかったけれど(笑)

長女からすれば
迷惑な手紙だっただろう。

いろいろ書かれて
腹が立ったかもしれない。

でもあの頃の私は必死だった。

LINEでは想いが届かない。

だから自分の言葉を
文字にするしかないと思った。

たぶんこれは
昭和的な考え方なのだろう。

怒りを書いたわけではない。

責める言葉も書かなかった。

でもきっと長女は
こう受け取ったのだろう。

嫌味を言われている。

文句を言われている。

意見を押し付けられている。

私の想いとは真逆に。

本当はそうじゃなかった。

ただ…
普通の女の子に。
普通の大学生に。

そう思っただけだった。

だからこそ
「こうしなさい」とも
「こうするべき」とも
書かなかった。

自分で気づいてほしいだけだった。

物事を
そのまま受け取るだけではなく、

その背景に何があるのか。
どうしてそうなったのか。
そういうことを自分で考える力。
そこに至るまでの
バックボーンを読み取る力。

そういうものが
少し足りなかったのかもしれない。

今になって思うのは、
長女には
いくつか欠けている部分が
あったのではないかということ。

そして最近、
旦那さんと私がふと思うことがある。

長女はもしかしたら…
反社会性パーソナリティ障害。
なのではないか、と。

もちろん、断定できるものではない。

それが原因でこうなったと
決めつけているわけでもない。

ただ、そう考えると
説明がつく部分もある。

でもこれは
とてもデリケートな話だ。

だからもうこのことには
触れないことにしようと思う。

人生は…

本当に何が起こるかわからない。

複雑で、
どれが正解なのかもわからない。

きっとそれが人生なのだと思う。

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