見出し画像

STEINS;GATE

『シュタインズ・ゲート』という物語をご存知だろうか。
少し前……いや、時計の針を遡れば、それはもう随分と前のことになる。
元々はXboxのゲームとして産声を上げ、後にアニメ化されたSF作品だ。

あの作品には、近未来への予兆と、今はなき秋葉原のノスタルジーが、ちょうど良い具合のブレンドで封じ込められていた。
当時の僕が受けた衝撃は、今でも静かな余韻として残っている。

物語の背景には、ある種の切実なリアリティがあった。
2008年の初夏、秋葉原の街を襲ったあの痛ましい事件。
その記憶がまだ生々しく残る一年後に、この作品は発表された。
2011年に放映されたアニメの情景は、僕の脳裏でどうしてもあの事件の記録映像と対になって再生されてしまう。

事件を起こした張本人でさえ、ただ秋葉原に行きたかっただけだったのかもしれない。
複数の世界線の中で、選択された結末だったとしても、それは最悪の結果だった。
そして、たまたまその日秋葉原を訪れた被害者もまた、多くの世界線を持っていた。

当時、何度も繰り返し放送された犯人逮捕の動画をみた。
秋葉原の見知った細い路地裏の喧騒。
道路で行われていた警察の実地検証の風景。
テレビのニュースをながら飲んだコーヒーの苦み。
もしそこに自分がいたらという、口にもだせない恐怖と悲しみ。
映像を思い出すと、あの日の空気が皮膚に触れるような錯覚があった。


アニメで描かれた、世界線が少し変わったとしたら、 自分は被害者になっていたのかもしれないし、加害者になっていたのかもしれない。

おそらく若き日の僕は、見知らぬアドレスから届いたそのお節介なメールを、質の悪いスパムか、あるいは未来の自分を騙る悪趣味な悪戯として、一瞥もくれずにゴミ箱へ放り込むはずだ。
自分の頑なさについては僕自身が一番よく知っている。

今の僕は、積み上げられた過去という名の、幾層にも重なった地層の上に立っている。
その地層の中には、見栄えの悪い失敗や、思い出すのも恥ずかしい後悔が、化石のように埋もれているかもしれない。


けれど、その地層のひとつでも強引に引き抜いてしまったら、今ここで立っている僕の足場は、あっけなく崩れてしまうだろう。
結局のところ、最良の結果なんてものは、僕の体にぴったり合うことなどないのだ。

僕のスマホに、運命を変える「Dメール」が届く。
画面が淡い光を放ち、未来からの警告を告げる。
しかし僕は、やはり動かない。
冷めたコーヒーを一口啜り、ただその通知を消去するだろう。
それが未来に対する臆病な不安なのか、あるいは不器用な矜持なのか、自分でも判然とはしないけれど。

ただ、今のこの頼りない歩き方こそが、僕という人間を形作っている唯一の確かな手触りであることだけは、認めざるを得ないのだ。

α世界線でもγ世界線でもない。
きっと僕の選んだ世界線は、いつもこの程度の静けさなのだ。




いいなと思ったら応援しよう!

つつみひろ|ひとりごと よろしければ応援お願いいたします。m(_ _ )m  チップは今後の執筆活動の助けとして、書籍や情報収集に使わせていただこうと思います。