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【脳外科医の告白】未破裂動脈瘤治療の闇。外資系カテーテル器具に吸い尽くされる日本の国税

カテーテル手術という言葉には、どこか先進的で、スマートで、患者さんにやさしい響きがあります。

↑ちなみに関連記事です。是非是非ご覧ください。

頭を大きく開けず、手首や足の付け根の血管から脳の奥深くへとアプローチする。未破裂の脳動脈瘤をプラチナのコイルで詰める。最新のステントで血流を変える。 私自身、現役の脳神経外科医として、血管内治療が患者さんの人生を変える瞬間を幾度も見てきました。発症直後の脳梗塞で、詰まった血管がカテーテルによって再開通し、絶望的だった麻痺が劇的に改善する。あの瞬間の医療の力は、決して否定できません。

しかし同時に、現場で手を動かしていると、ふと胸に引っかかる強烈な「違和感」があります。 この手術で動いている大きなお金は、いったい誰のものなのか。そして、最終的に誰の懐に入っているのか。

日本の公的医療保険は、国民の保険料と税金で支えられています。つまり、カテーテル手術で使われる天文学的な高額医療材料の多くは、広い意味では「公金」によって支払われています。 この記事では、現役の脳外科医の視点から、決して表には出ない未破裂動脈瘤治療の「闇」と、医療経済の残酷なリアルを告白します。

1. 「治療の適応」という最初の罠と、フレーミング効果

脳ドックの普及により、症状のない「未破裂脳動脈瘤」が見つかるケースが爆発的に増えました。 患者さんは「頭の中に爆弾がある」とパニックになり、外来に駆け込んできます。

ここで、最も重要なエビデンスを提示しましょう。 日本における未破裂脳動脈瘤の自然歴を調べた大規模臨床研究「UCAS Japan(日本未破裂脳動脈瘤悉皆調査)」のデータによれば、3〜4ミリの小型の動脈瘤の年間破裂率は、部位にもよりますが、わずか「0.36%程度」です。 つまり、100人中99人以上は、1年間何も起きないのです。医療の原則に立てば、こうした小型でリスクの低い動脈瘤の第一選択は「経過観察(何もしないで見守る)」です。

しかし、外来の現場では恐るべき心理的誘導が行われることがあります。 カテーテル治療という「手軽(に見える)手段」を手に入れた現代の医療現場では、医師が患者にこう切り出すことが少なくありません。

「動脈瘤がありますね。治療法には2つあります。頭を開けてクリップで留める開頭手術か、頭を開けずに血管の中から治すカテーテル手術か。どちらにしますか?」

これは心理学や行動経済学でいう「誤った二分法(False Dilemma)」であり、強烈な「フレーミング効果」です。 「Aの手術か、Bの手術か」という選択肢を最初に突きつけられることで、患者さんの脳内からは「経過観察(治療しない)」という最も重要で安全な第3の選択肢が完全に消え去ってしまいます。そして「頭を開けるのは怖いから、カテーテルでお願いします」と、自ら進んで高額な治療のベルトコンベアに乗ってしまうのです。

技術の進歩が「治療しなくてもいい病気」までをも無理やり治療適応に引きずり込んでいる。これが最初の闇です。

2. 杉田クリップ「5万円」vs 外資系デバイス「150万円」

次に、手術にかかる「コスト」の実態を見てみましょう。

かつて(そして現在でも確実な治療法として行われる)、脳動脈瘤の治療の主役は「開頭クリッピング術」でした。頭蓋骨を開き、脳の隙間をミリ単位で分け入り、動脈瘤の根元を金属のクリップで挟んで潰す。これを「直達術」と呼びます。 この直達術の命綱となるのが、世界に誇る日本の町工場技術と医学の結晶である「杉田クリップ(Sugita Clip)」です。この極めて精密なチタン合金のクリップの価格は、1本あたりおよそ3万〜5万円です。手術の成否は、この数万円のクリップと、術者の研ぎ澄まされた「腕(技術)」によって100%支えられてきました。

一方、現代のカテーテル治療(血管内治療)はどうでしょうか。 開頭手術が職人の「伝統工芸」だとすれば、カテーテル手術は使い捨ての高額材料を湯水のように消費する「ハイテク産業」です。

大型の動脈瘤を治療するために、瘤の中に金属の塊を入れる「WEB(Woven EndoBridge)デバイス」や、血管の血流を根本から変える網状の筒「フローダイバーター(FD)」。 これらのデバイスは、たった1つで保険償還価格(定価)が約100万〜150万円に達します。

それだけではありません。病変にたどり着くための太いガイディングカテーテル、極細のマイクロカテーテル、髪の毛より細いワイヤー、風船(バルーン)、止血デバイス。これらすべてが使い捨てです。 結果として、カテーテルによる動脈瘤治療1症例にかかる材料費の総額は、平気で「200万円」を超えます。

ちなみに、公的医療保険で定められた「脳血管内手術」の医師の技術料(手術点数)は、およそ40万〜50万円程度です。 数時間の高度な集中と被曝リスクを伴う医師の「命を救う技術料」が、使い捨てデバイス1個の値段の半分にも満たない。命を救う手術が、純粋な「材料費の塊」へと変貌してしまったのです。

3. 医局の政治力学と「高級弁当」のエコシステム

この「材料費の塊」という事実は、病院内の政治力学(パワーバランス)をも歪めています。

一つの手術で200万円のキャッシュが動くカテーテル治療と、数万円のクリップと技術だけで完結する直達手術。病院の経営陣から見れば、どちらが「お金を回している部門」に見えるでしょうか。(実際には日本の包括払い制度のせいで、材料費をかければかけるほど病院の利益が減るという歪な逆ざや構造もあるのですが、売上総額(グロス)の規模は圧倒的です)。

結果として、多くの脳外科医局において、カテーテルチーム(血管内チーム)が直達手術チームを政治的に圧倒するようになります。 何百万というお金が動くところには、当然、巨大な医療機器メーカーの影がちらつきます。彼らにとって、デバイスを使ってくれる医師は上客中の上客です。

週末になれば、一流ホテルで「〇〇デバイス発売記念シンポジウム」といった講演会が開かれます。そこで演者として登壇するカテーテル医には多額の講演料(謝礼)が支払われ、参加する若手医師たちには、1個数千円もする叙々苑の焼肉弁当や、高級な料亭の弁当が無料で振る舞われます。 「このデバイスは素晴らしい」「最新の治療法だ」というキラキラしたプレゼンテーションと高級弁当の裏で、患者の同意なきマーケティングが着々と進行していく。これこそが、医療業界に蔓延するエコシステム(生態系)のリアルです。

4. ブラックボックスの中で、公金が海外へ流出する

最も深刻な問題は、この200万円のデバイスのほとんどが「外資系企業の製品」であるということです。

Johnson & Johnson、Medtronic、Stryker、Penumbra。 パッケージを眺めれば、圧倒的な外資メーカーのロゴが並びます。現場の感覚で言えば、1つの手術で使われる道具の100%が外資系企業のもので完結することも決して珍しくありません。財務省の貿易統計等を見ても、日本の医療機器における輸入超過は年間約2兆円規模に達していると指摘されています。

日本人の患者さんが、日本の公的医療保険(血税)を使い、日本の病院で治療を受けているのに、そこで生み出された莫大な利益は、日本国内に落ちることなく、そのままスルーして海を越え、海外の大手医療機器メーカーへと流出しているのです。

通常の市場原理であれば、「A社のデバイスは高すぎるから、安いB社にしよう」という価格競争が起きます。しかし、命がかかった手術台の上で、意識のない患者さんに「どちらのメーカーにしますか?」と選ばせることは不可能です。選択するのは医師であり、採用するのは病院であり、支払うのは「国」です。 この特殊なブラックボックスの中で、私たちの税金が音もなく海外へと吸い出され続けています。

5. 未知のリスクと、際限なく広がる「適応拡大」

さらに恐ろしいのは、長期的なリスクと、他の疾患への歯止めなき「適応拡大」です。

未破裂動脈瘤にWEBデバイスやステントを入れるということは、「異物(金属)を脳の血管内に一生涯、留置する」ことを意味します。 カテーテル治療の歴史はまだ浅く、この大量の金属が体内に20年、30年と留まり続けた時、血管内皮にどのような炎症や変性を引き起こすのか、長期的なリスクは完全に証明されているわけではありません。

そして、同じ悲劇は動脈瘤だけでなく、首の血管(頸動脈狭窄症)でも起きています。 「頸動脈ステント留置術(CAS)」という治療法があります。狭くなった頸動脈を内側から金属の網(ステント)で押し広げる治療です。 もちろん、薬物治療が効かずに脳梗塞を繰り返すような重症患者には必要な治療です。しかし現状は、「ちょっと首の血管が狭いけれど、症状は全くない(無症候性)」という患者さんに対しても、ステントが次々と入れられています。

なぜか? 頸動脈ステントは、手技としては比較的容易で、1時間程度で終わるからです。薬(内科的治療)だけで様子を見るよりも、ステントを入れた方が「治療をした感」があり、病院も儲かり(売上が立ち)、医師の手技件数(実績)も稼げるからです。 本来治療しなくていいはずの患者の体に金属が埋め込まれ、そこにまた海外製の高額な材料費が消えていく。手段の目的化が、医療のモラルを静かに蝕んでいます。

おわりに:違和感を、制度改革の議論に変えるために

ここまで読んで、「では、高額なカテーテル手術は一切やめるべきなのか」と感じた方もいるかもしれません。 私の答えは、明確に「否」です。

目の前でクモ膜下出血(破裂の動脈瘤は治療する必要があります)を起こして命の危機に瀕している患者さんがいるとき、「このデバイスは外資で高額だから使わない」などという判断は、医療倫理として絶対にあり得ません。最も安全で、最も確実な手段を選ぶ。それが現場の医師の絶対的な使命です。

しかし、「一例一例の治療で目の前の患者の利益を最優先すること」と、「社会全体として、なぜこれほど高額な材料を海外に依存しているのかを議論すること」は、決して矛盾しません。むしろ、両方を同時に進めなければならないのです。

本当に目を向けるべきは「医者が儲けている」という皮相的な批判ではなく、「なぜ日本で高付加価値な医療機器が育たないのか」という産業構造の敗北であり、「治療適応を厳格にコントロールできない制度の甘さ」です。 もし国際情勢が悪化し、外資系企業からのデバイス供給が途絶えた瞬間、日本の最先端の脳卒中医療はたちまち立ち行かなくなります。私たちは、極めて脆弱な医療安全保障の上に立っているのです。

患者さんやご家族には、ご自身の治療(あるいは「不要な治療」)にどれほどの社会資源が投入されているかを知る権利があります。 そして私たち医療者には、目の前の命を救うシステムが、未来の日本においても持続可能であるかを問い続ける責任があります。

一本のカテーテルの先には、患者さんの命だけでなく、日本の医療制度そのものの未来がつながっています。 今日もどこかのカテーテル室で、医師たちは重い鉛入りのプロテクターを着込み、被曝しながら血管と向き合っています。現場からのこの違和感が、単なる感情論で終わらず、これからの日本の医療と産業のあり方を根本から考え直す、鋭いメスになることを願ってやみません。

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