「ソラヌム・ピンピネリフォリウム」は温室トマトの夢を見ない。【往復書簡#3+】
インターン大学生との往復書簡をnoteで公開しながら進める、という危うい試みは、
「私が入社したら、なにができるんですかね?」
という、彼女からのひとつの問いから始まりました。
私が代表を務める株式会社農天気は、私が一人で立ち上げた零細企業です。時々手伝ってもらうアルバイト以外は、基本的に私一人でイベントを運営し、原稿を執筆し、農業に関するよしなしの相談事に乗って、文字通り自転車をこぐようにして経営(?)してきました。
かつて会社をクビになり、慌てて立ち上げ、付けた社名。
明確な事業計画などなしに、ただ目の前のことをこなす会社。
いわゆる「発展」とか「成長」とかの資本主義のあるべき姿とは無縁のまま、気付けば設立して12年目となります。

(その一方で、収入は一切あてにせず設立した「NPO法人くにたち農園の会」は、いつの間にか17名の正規雇用と50名以上のスタッフに支えられる組織になったのですが・・・)
「ここで正社員として働きたい」
という彼女を目の前にして、むしろ本当に問われたのは、
「新卒社員を受け入れるということは、この会社を『発展』させるということになるが、私は本当に大丈夫なのか?」
という、私自身の覚悟でした。
(経営者としてのレベル低いですね~)
そして、彼女からの「私は何の仕事をすればいいですか?」という
当然の問いに、私はどう答えるべきなのか。
昨日、公開された往復書簡の通り、彼女は、
「毎日3種類の精神薬を飲んでいた私」
という、本来なら社会活動において隠したいはずの剥き出しの過去を
直球で投げかけてきました。
彼女はそもそも
「当日動けるかどうかわからない、発作も起きるかもしれない」という爆弾を抱えていました。
そのため、現場のオペレーションを彼女一人に任せることは現実的ではなく、会社としては「彼女が来ない、あるいは途中で抜けても現場が回る」という体制を組む必要がありました。
そのうえで、「私に何ができますか?」という問いに答えるのは、なかなかの難問です。
皆さんなら、経営者としてどう答えますか?
人生も経営も、常に答えのない問いに対して「私はどう向き合うか」の、その姿勢の結果でしかありません。
その場の勢いで「やれるかどうかじゃなくて、やるんだよ」と、勇ましく宣言することは簡単です。しかし、その結果は必ず、自分自身で引き受ける必要がある。
「都市農業の可能性」
私はこれまで幾度となくこの言葉を主張し、時には多くの人の前で、そのチャンスと価値を説いてきました。
この深刻な人材獲得難の時代に、 「働きたい」という若者が目の前に現れるチャンス。しかも、うちのような吹けば飛ぶような零細企業に、です。
これに応えずして、なにが「都市農業の可能性」だよ。
とりあえず、「広報・マーケティング」という、なんとでも言えそうな肩書の入った名刺を手渡し、「私は何をすればいいですか?」という問いに答える形で始まったのが、このnoteでのリアルタイムの往復書簡です。
「精神疾患持ちで経験値もない、就活で捉えると『圧倒的弱者』である私を今日まで雇い続けている、そして初の正社員として受け入れようとしてくれているのはなぜでしょうか?」
彼女からこの鋭い問いを受けたときに、私の脳裏に浮かんできた言葉こそが、 南米アンデス山脈の過酷な荒地で生まれた
原種トマト、「ソラヌム・ピンピネリフォリウム」でした。
なぜ、このトマトなのか。 現段階における、私からの渾身の回答を、原種トマトのある特性と歴史に重ねて彼女のnoteの後半に全力で書き殴りました。
少々長い文章ですが、
人を育てるとか、雇うとか、仕事を任せるとか、 あるいは、世代の大きく離れた若者たちとどう向き合えばいいのか?
迷える大人たちに向けて、同じく答えを探して迷い続ける一人の大人として、全力で打ち返しています。
彼女の剥き出しの覚悟と、私からの本気の返信。 ぜひ、お酒でも飲みながら、最後まで覗いてやってください。
そして、読み終えたあと、一歩を踏み出そうとしている彼女の背中を一緒に押したいと思ってくださったら、
ぜひ果林菜のnoteに「スキ」を届けてもらえると嬉しいです。
基本毎週投稿しますので、それぞれフォローもお願いします。
👇 原種トマトが意味する、私からの回答の核心はこちら。

