キリトリ029
午前の存在禁足地にて
今朝もまた、誰にも証明されていない朝を迎えた。
トイレに向かう短い回廊は、まるで未来へ続くプロムナードだった。排便という慎ましき儀式を終え、ルイボスティーを口に含む。その赤褐色の液体は、昨日までの不安を静かに沈殿させる人工湖のようだった。
気分が上がる文房具を机上へ並べる。
発色の良いペン。
紙を傷つけないシャープペンシル。
まだ何も書かれていないノート。
それらは道具ではない。
まだ到達していない理想の暮らしの模型である。
午前十時、会ったこともない人々との丁寧な生活について討論した。
整ったキッチン。
植物に話しかける休日。
焼き立てのパン。
規則正しい睡眠。
誰も実践していない理想像だけが会議室を満たしていた。
窓の外では、不穏な待機が続いていた。
何かが始まりそうで、
何も始まらない。
犯罪計画殴打事件という見出しだけが宙に浮き、
内容は最後まで語られない。
まるで漬物石で殴打された未来予想図である。
昼になる。
私は幻ではない。
そう三回ほど確認した。
遠い目睫毛だけが風に揺れ、
深い緑の湖が空を映していた。
湖面には孤独が浮かび、
孤独は高級マンションのエントランスのように磨き上げられていた。
午後。
トランプ頼みの人生設計を始める。
スペードは転職。
ハートは成功。
ジョーカーは現実。
引いた瞬間にルールが変わるため、
人生設計としての機能はほとんど失われていた。
それでも人は未来を占う。
格差社会の誘惑で転落した主人公たちが、
グロくて説教臭い胸糞ファンタジーの中で、
自分だけは特別だと信じ続けるように。
夕方。
ジャガイモの広告塔を自称する男が現れた。
彼はグルメドラマの真実について語る。
牛丼チェーン店の朝得メニューを、
魯山人の秘蔵献立のように説明した。
半熟卵の配置。
味噌汁の湯気。
紅生姜の色彩設計。
その情熱は美食評論というより宗教だった。
夜。
タイムトリップ歓迎犬が住宅街を巡回している。
昨日から来た犬なのか、
明日へ向かう犬なのかは分からない。
ただ尻尾だけが時空を跨いで揺れていた。
一文女子全種類売り切れ御免の張り紙が貼られ、
結びつこうとする二つの点は、
最後まで線になれなかった。
神へ捧げる嫉妬と怨念は、
天井照明の柔らかな光に溶けていく。
不安の種は地ならししてしまえ。
そう書かれた看板だけが残る。
自分が主人公のはずだった。
ずっとバズっているはずだった。
だが気づかなかった。
誰も見ていない場所で、
誰よりも大げさに生きていたことを。
それでも明日もまた、
存在禁足地の朝はやって来る。
排便し、
ルイボスティーを飲み、
新しい文房具を並べる。
この世の地獄めぐりの第一歩としては、
案外それくらいで十分なのかもしれない。
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