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『残夢』2 渦の呼び声④

渦の誘い

アヤネは月見町の静かな夜道を急ぎ足で歩き、アパートのドアを開けた。蛍光灯の薄暗い光が、狭い部屋を冷たく照らす。コンカフェ「マーチ・ラビット」のバイトと、ライブハウス「コア」でのジョージマの異常な行動が、彼女の頭を重くしていた。鞄からジョージマのノートを取り出すと、渦巻き模様がページを埋め尽くしている。歪んだ線が、まるで脈打つように見える。アヤネは目をこすったが、模様は止まらない。キョーコの言葉――「夢は呪いになる」が、胸の奥で反響する。

ドアの鍵がガチャリと音を立て、ジョージマが帰ってきた。スキンヘッドに汗が光り、眉のない顔が不気味に青白い。背中のドラゴンのトライバルタトゥーが、破れたシャツから覗く。彼は手にビールの缶を持ち、ふらつく足取りで部屋に入った。「アヤネ、やっと会えた」とつぶやき、ソファに倒れ込むように座った。だが、その目は虚ろで、どこか彼女をすり抜けるように遠くを見ている。「お前も聞こえるだろ? 渦の声。頂点が待ってるんだ」。彼の声は低く、熱を帯び、まるで何かに導かれているようだった。

アヤネは一歩後ずさり、ノートを握りしめた。「ジョージマ、いい加減にしてよ。こんなの…ただの妄想でしょ?」。彼女の声は震え、苛立ちと恐怖が混じる。だが、ジョージマは笑い声を上げ、立ち上がった。部屋の壁に指で渦巻きをなぞり始める。その動きは執拗で、まるで壁に模様を刻み込むかのようだ。「妄想? ハハ、アヤネ、お前も選ばれてるんだよ。俺と同じように、渦が呼んでる」。彼は近づき、アヤネの肩に手を置いた。その手の冷たさに、彼女は思わず身を引いた。

「触らないで!」アヤネは叫び、ノートを床に投げつけた。ページが開き、渦巻き模様が蛍光灯の光に映える。彼女は目をそらしたが、視界の端で模様が揺らめく。ジョージマはしゃがみ込み、ノートを拾い上げた。「これ、見ろよ。アヤネ、お前も感じるだろ? この渦は、俺たちの夢そのものだ。頂点への道だ」。彼の目は血走り、笑顔はかつての情熱的なバンドマンとは別人のものだった。

アヤネの耳に、かすかな低音が響いた。それはライブハウスで聞いたノイズに似ていた。彼女は耳を塞いだが、音は頭の奥でうねる。「頂点を目指せ」。それはジョージマの声とも、彼女自身の夢の残響とも区別がつかない。アヤネはかつての自分を思い出した。茨城の小さな部屋で、アイドルのライブ映像を見ながら、ステージに立つ自分を夢見た少女。だが、月見町の現実は、コンカフェのメイド服と、ヒモと化したジョージマだ。彼女はノートを手に取り、渦を見つめた。模様が、ゆっくりと動き出し、彼女の視界を飲み込むように広がる。

「アヤネ、一緒に来いよ。頂点が待ってる」。ジョージマの声が、まるで部屋の空気を震わせる。アヤネはノートを胸に抱き、ソファに崩れ落ちた。彼女の心は、渦の呼び声に引き込まれつつあった。窓の外、月見町の街灯が揺れ、まるで渦が彼女を誘うようにうねっている。彼女は目を閉じたが、頭の中で響く声は止まなかった。それは、彼女の夢と恐怖が絡み合った、名もなき誘いだった。

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