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【エッセイ】残高は戦闘力

​「戦闘力……たったの5か……」

​月末のATMの前で、あるいはスマホの画面に光る口座残高を眺めながら、ベジータのこの名言を心の中でつぶやいたことがある人は少なくないはずだ。

​現代社会において、お金とはそのまま生存のエネルギーであり、ステータスであり、そして何より「心の余裕」そのものである。

特に給料日前、つまり月末という魔物がやってくる時期、僕の財布や口座の数値は急激に目減りしていく。

朝起きる。口座を見る。

「……戦闘力、下がっとる」

サイヤ人のスカウターなら間違いなく爆発しているレベルの数字の減り方に、冷や汗が流れる。

​人間は不思議なもので、財布の中に余裕がある時は、どこか心持ちも大きくなる。

コンビニに行けば「あ、これ美味しそう」と、特に必要でもない新商品のグミやアイスを何の迷いもなくカゴに入れる。

「せっかくだから」と、ちょっと高めの飲み物を選んでしまう。

あの瞬間の僕は、戦闘力53万を誇るフリーザ様のような全能感に包まれている。

​しかし、それがどうだ。

月末になると、その戦闘力はみるみるうちに数千、数百の単位まで落ち込んでいく。

「あと5日……この戦闘力で生き延びなければならないのか」

冷蔵庫のなかに残された、賞味期限ギリギリの卵と、いつ買ったか分からない冷凍うどんを見つめながら、生き残りをかけたサバイバルゲームが脳内でひそかに開幕する。

​この時期のスーパーでの買い出しほど、真剣勝負なものはない。

カゴを持った瞬間から、脳内では厳密なコストパフォーマンスの計算が始まる。

「このもやしは29円……タンパク質を補うには豆腐?」

一品一品の単価を電卓のように頭の中で弾き出し、レジに並ぶ直前まで「本当にこの出費は必要か」と自分の決断力を全否定しながら吟味する。

普段なら素通りする見切り品のシールが、月末の僕にとっては輝く勲章のように見えてくるから不思議だ。

​そして、月末のもう一つの風物詩といえば「家計簿アプリとのにらみ合い」である。

グラフが綺麗な右肩下がりを描いているのを見た瞬間、ため息が漏れる。

「僕、今月何に使ったっけ……?」

記憶をたどる。特別な贅沢をした覚えはない。なのに、なぜかお金は消えている。

まるで神隠しだ。いや、神隠しならまだロマンがあるが、実際は日々の細々としたアイス代だったり、なんとなく買ったちょっとしたお菓子だったりする。

過去の自分が、未来の自分の戦闘力を削り取っていたのだ。そう考えると、過去の自分は一番信用ならない敵である。

​とはいえ、月末のこの極限状態が嫌いかと言われると、案外そうでもなかったりする。

潤沢にお金がある時には気づかなかった「家にある食材を工夫して美味しく食べるクリエイティビティ」が爆発するのも、この時期だからこそだ。

「あるもので何とかする」というサバイバル感は、子どもの頃に秘密基地を作っていた時のような、謎のワクワク感を思い出させてくれる。

戦闘力が低下しているからこそ、一食のありがたみが身に染みるというものだ。

​やがて、苦しい月末をどうにかこうにか乗り越え、給料日という名の「全回復ボーナス」が振り込まれる瞬間がやってくる。

スマホの通知を見た瞬間、僕の戦闘力は一気にマックスまで跳ね上がる。

「よっしゃあ!!」

心のなかでガッツポーズをキメ、先月までの反省をすべて忘れ去る。

​そしてまた、次の月の半ばあたりで同じ過ちを繰り返すのだ。

「今月こそは計画的に……」そう誓いながら、また月末のスクワット(財布の底を覗き込む動作)をする未来がうっすらと見えている。

​まあ、それも悪くない。

戦闘力が上下しながらも、なんだかんだで毎月生き延びているのだから。

今日も明日も、それぞれの戦闘力を抱えて、この愛おしい日常をサバイバルしていく。

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