認識変更後のサレンダー。命綱を切ることができたと思った時。
前回、
「認識変更とはこういうものではないか」という記事を書いた。
そして、私はそれを採用し、そうやって世界を見ることに決めた。
今起きている、見えてることの全てが
「内側が外側に投影する」
「意識が現実を創る」
こうなっている、そう見えないことも全てだ。
そして、これを採用し、日常を過ごすようにした。
そうすると、今まで気にすることがないようなことも、
「あれ?これも確かに私が思ったことがこういう形で出ているということか」
と気が付くことが増えていった。
そしてそれからすぐ、数日の間に、驚くほどギリギリのタイミングで、いい事が起こったり、危険を回避できたというような事件もいくつか起こった。
今までだったら、「これはただの偶然」だと思い、見逃していたかもしれない。
でもこういうふうに世界を見るんだと決めてからは、こういったことの全てが「私の願望通りではないか」と思えるようになった。
自分がそれを願っていたことを忘れていただけなのだ。
「全部、私が過去にどこかのタイミングで願ったことがここで現象化されてるのか……そういうことか」
そう思えるようになっていた。
また、日常の小さなラッキーだけではなく、いわゆる「マトリックスグリッチ」といわれるような、ありえない現実のバグのようなものも体験した。
これもいつか話そうと思うが、たぶんそう思って見なければ「気のせいか」と流され、記憶の奥に消えていくようなことなんだと思う。
と、前置きが長くなってしまったが、サレンダーの話に行こうと思う。
このように日常を認識変更した目で見るようになってから、いろいろなことがうまく回り始めている感覚があった。
「ああ、これだ、これでいいんだ。こういうことだったのか」
と思った。
しかし、
どうしても叶えたいことが変わっていかない。
私で言うなら、それは仕事のこと。自営業なので、すなわちお金のことだ。
小さな奇跡が連発し、
ありえないマトリックスグリッチも見た。
なら、もう、どんどん収益が出ていいはずなのに、ここが変わらない。
少しは良くなってる気もするけど、まだ動かない。
いわゆる本願だけは、動いていく感じがしないのだ。
「なんでなんでなんで?
いや、わかってるさ、私が握っているというんだろう?
叶えたいと思ってるからだろう?
そうだよ、これが叶わないと私は生きていけないんだよ、だから叶えたいんだよ、叶わないと困るんだよ、そうだよ」
「小さな奇跡はバンバン起きてる。
ありえないマトリックスグリッチも見た。
だったらもうこっちも叶っていいだろうが!
なんでだよ、何が足りないっていうんだよ、
いいかげんにしてよ、まじでもう無理。
これ以上どうしろって言うんだよ、まじでもう無理」
「どうでもいいわ、しらん。
まじでこれで叶わないって言うんなら、もうどうでもいいわ、しらん。
勝手にしてくれ。
勝手にしてよ。もうどうなってもいいわ。
もう疲れた。私。」
こんな感情がどんどん出てくる。
もう本当にどうにでもなれ、もうしらん、これで無理なら無理。
どうでもいい、もう嫌だ、しらん。
という気持ちになった。
どうでもいい、もうしらん。
そうこれ、
どうでもいい、もうしらん。
これ。
そう、この時に、もう本当に「どうでもいい、勝手にしてくれ」と思い、
はじめて本願に対する命綱を切ることができたのだ。
はじめの記事にも少し書いたが、私は約2年前に「引き寄せの法則をマスターする」と決めた。
そこから今までの間に癌になって手術もしている。
でも癌の時はわりと簡単に(そうでもないか(笑))、サレンダーはできた。
もう自分ではどうにもできなかったからだ。
医師に任せるしかないからだ。
それ以外のこともいろいろ手放すことがはできた。
しかし、お金のこと、仕事のことは違った。
これが私のラスボスなのだと思うけど、
今までも自分で何とかしてきたし、ずっと努力と根性で乗り切ってきた。
潜在意識のことを真剣に学び始めて、わかった!と思った後も
「潜在意識におまかせ!」とか言いながら、がっつり自分で手綱を握っていたのだ。
思いっきりエゴがそれをやっていた。
全く任せてない。
「インスピレーションで閃いたことをやればいいんだよね?💛」
ってエゴの視点で、それを行い、
「大丈夫、潜在意識が何とかしてくれるもん!💛」
ってエゴの視点から、それを願っていた。
そう1ミリも任せてないし、命綱を離す気が全くなかったわけだ。
だって怖かったから。
でもこの「怖い」という感覚、これがまさにエゴだ。
完全にエゴの中でこれをしていたというわけだ。
で、今回、もう自分では万策尽きた。
だって、認識変更した!って思ったし、どんどん小さな奇跡が起きてるし、
ありえないマトリックスグリッチも見た。
なのに本願は動かないのだ。
これで無理なら無理ではないか?
もうどうすることもできないよ、私はしらん。
そう、エゴがね、もう「私はしらん」って言ったわけ。
エゴがね。
そう、何とかしようとしてたのは、エゴだったわけ。
「サレンダーが必要です、別の領域に任せましょう」って5万回くらい聞いてたのに、結局エゴの中にいたわけ。
どうでもいいことや、自分ではどうにもできないことは手放せたくせに
どうして何とかしたいことだけは、エゴが潜在意識を使ってなんとかしよう!って頑張ってたわけ。
で、ここでもう「私にはどうにもできない。もうしらん」ってなったらどうなるか?
そう「もう別の領域に任せるから何とかしてよ」ってこと。
「私にはどうにもできないので、もう無理、あとは任せます」になる。
これがまさにサレンダーであり命綱を切るということなんだと思う。
怖いけど、でももう自分ではどうにもできないんだから、仕方ないよね?
だってできないんだもの。
もうお手上げ、降参なんだから。
認識変更したと決めてから、こう思うまでだいたい1週間くらいだった。
その間にいろんなラッキーがいっぱい起こって、マトリックスグリッジも見て、「もうこれは来た!もう私、来たわー!!!」
って感じだったのに、でもどうしても叶えたいことが動かない。
そして、このサレンダーが起きた。
今回は、はじめて、エゴが降参したのを感じた。
そして、この感覚を感じた後は、とにかくもう手放し。
自分の無能さを自覚し、自分には何もできないんだから、もう何もしない。
もうしらない、任せた。
という感覚。
今までの過去の頑張ってきた私も全部消えた。
全部もうどうでもよくなって、「無力で非力で無能な私なので、あとはお願いします」って感じ。
「エゴの私はもうちょっかい出しませんので、あとはもうよろしくお願いします」。
この感覚。
そして不安がきても「私にはどうにもできないんだから、悩むのは私の仕事ではないよね?私が考えても仕方ない。別の領域さんよろしく」になる。
何かをやっても「結果は私にはどうにもできないよね?あとはよろしく」になる。
という感じ。
だって、エゴの私にはどうすることもできないんだから、もう心配しても仕方がない。
任せるしかない。
これがエゴの降伏、サレンダー。
命綱を切った時の感覚。
なのかなって、今は思ってる。
だからといって、すぐに何かがどんどん変わるわけではなく、一気に売上が10倍に増えたとかではない。
(ただ、すぐに少しだけど兆候は見えてきて、「それでいいんだよ!」って言われてる気はした)
そして、今まであった心配とか不安とか恐れがどんどんなくなっていった。
たまに出てくることもあるけど、だいたい数分で消える。
「私にはどうにもできないんだから、悩むのは私の仕事ではないよね?私が考えても仕方ない。別の領域さんよろしく」
これを使って、ぶん投げる。
そして、「たぶんこれで全部うまくいくんだろうな」という安心がある。
今もこの感覚のまま維持できてる。
どうしてもどうしても手放すことができなかった、最後の命綱だったが、今はそれを私が手放すことができたのが、自分でもはっきりとわかる。
これが私のサレンダーの時の体験と感覚。
本当に5万回聞いてもできなかった「サレンダー」。
「自分にはどうしようもできない」ってまじで降伏しないとできない。
なんとか自分でもできるかもって思ってるとできない。
そりゃそうだよね。怖いもん。
命綱だもんね、怖いよね。
「でも持っててもどうせ地獄だよ、だったらもうどうにでもなれ!しらん!」ってなった時、私は初めて手放せた。
もっと素直にできちゃう人もいるんだろうけど。
本当にこの世界のゲーム…むずいなって思う。
難易度高すぎ。
この後の気持ちの変化とか、マトリックスグリッチの具体的な話とかもまたおいおい書いていこうと思う。
※同じく認識変更・願望達成・意識の世界で生きるという同志の方はぜひ仲良くしていただけると嬉しいです!
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