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ポケットの中の星


私は人を見る目がない。
 
初対面の相手を見て、「きっとこういう人だ」と思う。ところが後日、その予想はだいたい外れる。私の人間観察は、天気予報のように当たらず、占いよりもっと根拠がない。
 
 
先日もそうだった。
 
近所の公園で、毎朝ベンチに座っている老人がいる。
 
私は勝手に、「退職後の悠々自適な人生を送る人」だと思っていた。
 
ところが、ある日その人が電話で話しているのを偶然耳にした。
 
「大丈夫。今日も母さんのところへ行くから。」
 
その声は驚くほど優しかった。
 
老人には百歳近い姉がいて、毎日施設へ通っているのだと後で知った。
 
その瞬間、私の頭の中にあった「悠々自適な老人」というラベルは音を立てて崩れた。
 
 
人間という生き物は面白い。
 
スーパーの商品には成分表示があるのに、人にはない。
 
もし額に説明書が貼られていたら楽だろう。
 
「昨日眠れていません。」
 
「3年前の失恋をまだ引きずっています。」
 
「強そうに見えますが、犬に吠えられると本気で怖いです。」
 
そんな情報が表示されていれば、人間関係の半分くらいは円滑になる気がする。
 
もっとも、私の場合は「締切直前になると突然家の掃除を始めます。」と書かれてしまい、社会的信用を失うだろうが。
 
 
考えてみれば、人はみんな小さな惑星のようなものだ。
 
遠くから見れば丸くて静かだ。
 
だが近づけば、嵐もあれば火山もある。
 
凍りついた海もあれば、誰にも発見されていない森もある。
 
それなのに私たちは、ときどき相手の表面をさっと見ただけで、その惑星の全てを知った気になってしまう。
 
なんとも傲慢な宇宙飛行士である。
 
 
私自身も例外ではない。
 
笑っている日は元気だと思われる。
 
黙っている日は機嫌が悪いと思われる。
 
けれど本当は逆のことも多い。
 
笑顔は案外便利な包装紙だ。
 
中身が少々ぐちゃぐちゃでも、それなりに立派な贈り物に見える。
 
一方で沈黙は不遇だ。
 
何も語らないだけで、勝手に悪役へ配役される。
 
言葉を持たないというだけで、人はずいぶん損をする。
 
だから、人を見るときに少しだけ想像することにしている。
 
この人は昨夜どんな夢を見ただろう。
 
どんな後悔をポケットに入れているのだろう。
 
何を失い、何を守ろうとしているのだろう。
 
もちろん答えはわからない。
 
だが、わからないまま想像することには意味がある。
 
理解とは、正解を当てることではなく、「まだ知らない部分がある」と認めることだからだ。
 
 
コンビニでチキンを買った。
 
レジの店員は無愛想だった。
 
以前の私なら少し不機嫌になったかもしれない。
 
だがその日だけは違った。
 
もしかすると眠れなかったのかもしれない。
 
大切な人と喧嘩したのかもしれない。
 
あるいは単純にチキンより熱い悩みを抱えていたのかもしれない。
 
そう考えると、不思議と腹が立たなかった。
 
代わりに、少しだけ世界が広くなった気がした。
 
人は誰でも、自分だけの夜を持っている。
 
誰にも見せなかった涙も。
 
飲み込んだ言葉も。
 
諦めた夢も。
 
だから優しさとは、相手を完全に理解することではない。
 
そんなことはたぶん不可能だ。
 
優しさとは、見えていない物語があることを忘れないことだ。
 
 
帰り道、空を見上げる。
 
街の明かりに負けて星はほとんど見えない。
 
それでも確かに、無数の星がそこにある。
 
人も同じだ。
 
すれ違う誰もが、私の知らない宇宙を抱えている。
 
そう思うと、この世界は少しだけ面白い。
 
そして少しだけ、温かい。


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